著者:翁 邦雄
★★★★☆
リフレ派は「一般物価は中央銀行の出す通貨量で決まる」という素朴な貨幣数量説を主張するが、マネタリズムの元祖とされるミルトン・フリードマンもそんな単純な関係を主張したことはない。しかも彼は金融政策をめぐる論争では敗北したので、マネタリズムというのはもう学問的には存在しないのだが、こうした歴史を知らない人々が今ごろ貨幣数量説を振り回すのは困ったものだ。本書は、こうした金融政策をめぐる論争を整理し、現在のデフレを考える。
金融でもっとも重要なのは、貨幣は中立だという事実である。短期的には通貨供給の変化で人々を錯覚させることができるが、長期的には財の増加をともなわない貨幣の増加は、経済に実質的な影響を与えない。フリードマンがインフレ目標ではなく「k%ルール」と呼ばれる通貨供給の増加率ルールを提唱したのは、定常的なインフレもデフレも予想に織り込まれれば害はないからだった。
k%ルールで中央銀行の手をしばれば、貨幣の中立性が実現して金融政策が実体経済を攪乱せず、人々が合理的に行動できるというのがフリードマンの思想だった。しかし実際には、通貨供給(M2)と物価に安定した関係はみられない。一般には「マネタリストの勝利」とみられている80年代のボルカーFRB議長の時代には、M2は大きく変動し、フリードマンはボルカーを強く批判した。
90年代から採用されたのがインフレ目標で、これは多くの国で成功した。しかしそれはインフレを抑制する目標としてであって、日本のようなゼロ金利のもとでのデフレをインフレにする手段は、今のところ見出されていない。著者(元日銀金融研究所長)はゲゼルのマイナス金利からクルーグマンの「無責任なコミットメント」に至るさまざまな政策手段を検討するが、いずれも現実的ではない。
逆に効果のある政策としては、日銀がやった「包括緩和」のように株式や不動産を買う方法が考えられるが、これは実体経済を攪乱する政策の最たるものだ。日銀があらゆる資産を無限に買いまくれば、インフレは起こるだろう。それは財政政策であり、国会が決めれば可能だが、財政赤字を拡大して日本経済をさらに危機的な状況に追い込むおそれが強い。これが日銀のジレンマである。
ただ今回の震災で供給が低下したため、需要不足によるデフレは解決できる可能性が出てきた。著者も「エピローグ」で指摘するように、この状況で金融緩和を続けると、むしろインフレのリスクが出てくる。さらにそれが財政危機とあいまって長期金利の上昇をまねいた場合には、デフレよりもはるかに大きな経済危機が発生するおそれもある。本書は少しテクニカルだが、金融政策の歴史をていねいに解説している。