石炭から天然ガス・原子力へ - 『パワー・ハングリー』

池田 信夫

パワー・ハングリー――現実を直視してエネルギー問題を考える
著者:ロバート ブライス
販売元:英治出版
(2011-07-21)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


日本語で書かれたエネルギー問題の本は「原子力か否か」という無意味な問題に大部分が費やされ、しかも推進派か反対派かの立場から書かれた党派的なプロパガンダばかりだが、本書はこれを客観的なデータで論じたものだ。

エネルギーは人間の生存の基本条件であり、それゆえに昔から戦争の原因になってきた。日本が対米開戦に踏み切ったのも石油の確保のためだったし、湾岸戦争やイラク戦争も石油利権をめぐる争いだった。エネルギー問題は、何よりもまず安全保障の問題なのだ。オバマ政権のエネルギー政策の最大のねらいも、石油への依存度を下げて中東の地政学リスクを避けることだ。

その結果、アメリカは石炭に過度に依存する社会になってしまった、と著者は批判する。全米の石炭火力発電所は、毎年44トンの水銀、73トンのクロム、45トンの砒素を排出している。これは数億人分の致死量だが、ほとんど問題にならない。汚水や大気汚染は広く薄く拡散し、ガイガーカウンターのように感度のよい計器がないからだ。そして人々は、砒素1gぐらいの毒性しかない微量の放射性廃棄物に大騒ぎする。

環境汚染という観点からみると石炭火力は最悪であり、この点で世界の劣等生は――エコロジストの賞賛する――デンマークとドイツである。デンマーク政府が「グリーン・エネルギー」に補助金を投入したおかげで、電気料金は2倍近くに上がったが、頼りにならない風力や太陽光の穴を埋めたのは石炭火力だった。デンマークのCO2排出量は増え、石炭の輸入も増え続けている。

グリーン・エネルギーには環境保護派の自己満足以外の意味がない、と著者は切り捨てる。その最大の原因は、太陽光や風力の面積あたりのエネルギー密度が化石燃料や原子力の数十分の一しかないことで、これは技術革新で克服できない物理的な限界だ。再生可能エネルギーは補助金なしで自立できないが、政府の恣意的な補助に依存することは中東に依存するより危ない。スペインのように財政が破綻したら、エネルギー供給が大混乱に陥る。

著者が重視するのは脱石炭であり、その有力候補として彼が推奨するのが、天然ガスと原子力である。前者については200年分以上のシェールガスが見つかったが、温暖化などの環境への負荷を考えると優等生は原子力だ。それが政治的には厄介なエネルギーであることはアメリカでも同じだが、地震が少ないので重大事故のリスクは小さい。放射性廃棄物の処理も、NIMBY症候群という政治的な問題にすぎない。

ただ日本についていえば、原子力というオプションはしばらく封印するしかないだろう。コストも天然ガスとそう変わらないので、無理して原子力を推進する必要はない。温室効果ガス25%削減という国際公約は菅首相でさえ引っ込めるといっているので、老朽化した原発はガスタービンに置き換えるのが妥当だろう。ただエネルギー安全保障を考えると「原発ゼロ」にすることは望ましくない。数十年のスパンでは、化石燃料には何が起こるかわからないからだ。