米国の実質GDP改定値

池尾 和人

先月末に、米商務省が米国の実質国内総生産(GDP)の年次改訂値を発表したので、参考までにそれをグラフ化したものを掲載しておこう。すでに各メディアで報道されているように、リーマン・ショック以降の米国経済の落ち込みは、これまで想定されていたものよりもさらに深刻で、現状でもショック前のピークを挽回できていない。なお、成長率とインフレ率に関してのグラフは、ジョン・テイラーのブログ記事に掲載されているので、そちらを参照してほしい。

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2007-8年の金融危機以前には、資産価格バブルの崩壊のような負のショックが経済に加わっても、大胆な金融緩和を迅速に実施すれば、その悪影響を最小限に抑えられるという見方が、米国の政策担当者および経済学者の間で支配的であった。そうした見方からは、日本の「失われた10年」は、日本の経済政策(とくに金融政策)運営の稚拙さによるものだとみなされがちだった。

当時の米国の支配的見方は、大いなる平穏期(Great Moderation)を達成したという自信を背景としたものであり、とりわけ2000年のIT(ドット・コム)バブル崩壊のショックを手際よく処理した(と、当時は思われていた)という経験に基づくものであった。しかし、ITバブルの崩壊はもっぱら株式(エクイティ)市場に関わるものであったのに対して、日本のバブル崩壊と今回の米国の住宅価格バブルの崩壊は信用(クレジット)市場を大きく巻き込んだものであったという点で基本的に異なる。

資産価格が下落したときに、その資産に対する請求権がエクイティであれば、その価格も同時に下落する。そのときのショックは大きくても、一過性のもので終わる。しかし、貸し手からいうと信用(クレジット)、借り手からいうと負債(デット)の場合には、それで購入した資産の価値が下落しても、債権・債務額はそのまま残る。そのために、バランスシート問題というかたちで、その影響は持続性をもったものになる。

なお、かつての米国の支配的見方を支えたマクロ経済モデルは、古典派的なRBC(リアル・ビジネス・サイクル)モデルに「価格の粘着性」という摩擦要因(friction)を1つだけ組み込んだかたちのもの(いわゆるニュー・ケインジアン・モデル)であった。こうしたモデルをいまでも「世界標準の経済学」と思い込んでいる人がいるけれども、こうしたモデルは、金融危機以後、厳しい批判にさらされており、根本的な見直しが進んでいる。

そもそも「価格の粘着性」だけを摩擦要因として考えたニュー・ケインジアン・モデルだと、通常の意味での景気循環は説明できても、金融危機(boom-bust cycle)は起こりえない(仮定によって排除されている)。そして、インフレーション・ターゲティングの枠組みの下で、「価格の粘着性」という唯一の摩擦要因に対処すれば、経済はすべてうまく行くという結論になる。

しかし、金融危機が起こりえないようなモデルが、現実の説明と実際の政策運営の指針としてふさわしいわけはない。確かに「価格の粘着性」は重要な摩擦要因の1つであるが、それだけが重要なわけではない。少なくとも今回の経験からは、金融仲介機構の役割につながる「信用市場の不完全性」という摩擦要因もモデルに組み込まれる必要がある。

ところが、様々な摩擦要因を組み込んだモデルは、摩擦要因が1つしかないモデルのように「シンプルできれいな」結論を導くものではなくなってしまう。金融政策の効果もかなり限定的なものとなる。金融政策次第で、すべての問題が解決できるというようなことにはならない。こうした観点からは、米国の金融政策運営がバブル崩壊以降の負のショックを十分に相殺できていなくても、それはFRB(米連邦準備理事会)が失敗したということを必ずしも意味するものではないと考えられる。

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池尾 和人@kazikeo