「電界」が未来のデバイスを変える

石田 雅彦

ケーブルなどをつながずに電気機器を充電できる「ワイヤレス給電」の技術が注目されている。このワイヤレス給電には、国際コンソーシアムで開発している「Qi(チー)」という「電磁誘導方式」を採用した規格があり、各国の企業が参加している。

Qi規格のWPC(Wireless Power Consortium)に参加しているレギュラーメンバーの日本企業は、オリンパス、サンヨー(パナソニック)。アソシエイトメンバーにはパナソニック本体やローム、電子機器メーカーの東光などが入っているんだが、日本勢がやや弱い体制と言わざるを得ない。レギュラーメンバーになるためには、提供資金などでさまざまなハードルがあり、カテゴリー別に参加上限企業数が決められている。ただ、アソシエイトメンバーなどを含めれば、80社以上の企業が参加し、世界標準となりつつあるワイヤレス給電の規格だ。


電磁誘導方式を採用するQi規格だが、一方のコイルに電流を流し、他方に発生する電流の駆動力を利用するもので、発電機やIHヒーターなどで古くから知られている原理を使っている。この既存原理を統一し、サンヨーなどの充電式電池を作っていた企業が連携してコンソーシアムを設立したというわけだ。技術的には、今のところ「5W以下」の給電であり、主な適用デバイスはスマホや携帯電話になっている。もちろんWPCは、120Wなどのより電力供給の大きな規格も考えているらしい。

Qi規格を使ったEnergizer社のワイヤレス給電製品

これに対し、日本の村田製作所が独自に開発したのが「電界結合方式」によるワイヤレス給電システムだ。村田製作所は、京都発祥の電子部品専業メーカー。自転車をこぐロボット「ムラタセイサク君」などで有名な企業なんだが、このワイヤレス給電の方式は電界(理学系では電場)を利用した独特のもので、5W以上の給電が可能、となっている。

Qi規格、電界結合方式、この二つのワイヤレス給電デバイスを製品化しているのが日立マクセルだ。Qi規格では、WPCレギュラーメンバーであるConvenientPower社の技術を使っている。iPhone対応製品では、ジャケット型カバーをはめ、独自のワイヤレス給電ステーションに置く。また電界結合方式では、10Wが必要なiPad用に特化した製品になっているが、先日開催された「CEATEC JAPAN 2011」では、ラップトップパソコン用の充電システム(20W)も参考出品で出ていた。

CEATEC JAPAN 2011で発表された村田製作所の電界結合方式をつかった日立マクセル製ワイヤレス給電製品

ちょっと耳慣れない言葉がこの「電界」だ。電界とは、静電気のように物体がまとっている電気の帯域のことで、人間はもちろん、車にも電車にも地球にも電界がある。地球自体が持っている電界ゾーンを通信に利用すれば、原理的には地球の裏側ともケーブルを使わずダイレクトに交信できる。ブラジルのテレビ番組が日本で見ることも可能なのだ。また、地震発生時には地球の電界が乱れるという報告もあり、地震予知にも利用可能。さらに、人間の第六感的なものが電界に関係しているのでは、という人もいる。

村田製作所の電界結合方式の技術は、広い意味で共鳴現象を利用した「共振方式」であり、磁界ではなく限定的に電界を使って電気を供給している。電界結合方式の長所は、現状のQiが5W以下の給電に対し、iPadやラップトップパソコンへも給電可能な10w。充電の際、Qiほど厳密な位置決めが必要ないため、縦置き横置きというタブレット型デバイスの特徴が活かせる。また、電磁的な影響が少なく発熱も少ない。コイルが必要でないため、Qiに比べて薄くでき、材質や形状などの自由度が高い。このため、透明な電極も可能となる。

この電界を利用した技術には、ワイヤレス給電のほかにもいろいろある。前述した電界通信は、すでにNTTコミュニケーションズなどが「RedTacton」というシステムを開発。非接触ICカードや入退室管理などに使われている。人体や物体の電界を利用すれば近距離の通信が可能で、配線の必要ない車載カメラなどを作ることができる。特に純粋な電界については、滝口清昭・東京大学生産技術研究所特任准教授の準静電界の研究がある。滝口准教授らが開発したのが「スマートリファレンス」の技術。これにより、扱いにくかった電界の活用法が見出されつつある。

電界は、これまでの技術開発にとって未踏の分野とも言える。村田製作所の「電界結合方式」は規格違いの「Qi」コンソーシアムには入れてもらえないようなんだが、滝口准教授らの準静電界も含め、これら日本発のオリジナル技術のアドバンテージを拡げていけば、ワイヤレス給電に限らず大きな可能性がある。将来、さまざまなデバイスが製品開発されていくかもしれない電界応用技術に注目だ。