いわゆる「東電リストラ報告書」を読む(1)

澤 昭裕

東京電力の財務予想
「東京電力に関する経営・財務調査委員会」が10月3日、報告書を野田首相に提出した。委員会報告は、東電に対して、向こう10年間で、約2兆5,000億円のコスト削減を求めた。東電が当初計画していたコスト削減は10年間で約1兆2,000億円なので、約倍増だ。内訳は、資材等の調達改革で約8,000億円、人員削減や給与・年金削減等の人件費削減で約1兆円、不動産、有価証券、子会社・関連会社等の資産売却で約7,000億円である。さらに、これだけのコスト削減を前提に、向こう10年間の事業計画のシミュレーションが示されている。原子力発電所の稼働に関してのシナリオは、a.柏崎刈羽原子力発電所が平成24~26年にかけて順次稼働するケース、b. a.から1年遅れで再稼働するケース、c.向こう10年間稼働しないケースの3種類とし、電気料金の改定シナリオは、①料金値上げなし、②5%の料金値上げ、③10%の料金値上げの3種類を想定する。その組み合わせである3×3=9のシミュレーションが行われている。


このシミュレーションの主要な結果は次のとおりだ。

1)柏崎刈羽原子力発電所が稼働しないケースc.では、電気料金を10%値上げしたケースにおいてのみ、かろうじて資産超過が維持されるが、電気料金をそれ以下に想定するケースでは、すべて債務超過となる。

2)逆に、柏崎刈羽原子力発電所が順調に再稼働するケースa.では、料金値上げがない想定でも債務超過に陥らない見通しとなる。(ただし、向こう10年間に調達が必要な資金は、10%の料金値上げを実施した場合で7,900億円であるのに対して、料金値上げができない場合は、4兆3,000億円に上る)

なお、このシミュレーションでは、原子力事故の損害賠償金の支払いは考慮されていない。キャッシュフロー上は、賠償支援機構から交付される資金によって一旦肩代わりされることが予定されているためだ。しかし、東電は、この資金を特別負担金の形で、最終的には機構に返済しなくてはならず、その費用は料金原価に算入することはできない。つまり、返済は純粋な利益の中から行う必要があるということである。よくネット上で見られる「地域独占下、賠償費用を電気料金につけ回しするのではないか」といった批判や疑問は、今の賠償枠組みでは根拠がない.

東京電力のリストラと電気料金
このシミュレーションの結果明確になったことは、結局被害がなかった原子力発電所を再稼働するか、さもなければ電気料金を上げなければ(国費を相当投入しない限り)東電は破たんする、ということだ。今の賠償スキームでは、東電が破たんすれば被災者は賠償を受けることができない。なぜなら、現行の原子力損害賠償法の下では、国は賠償について連帯責任を負っていないからである。国が原子力を「国策として」進めてきたのに、いざとなると逃げるのかという批判は当然出てこようが、法的には賠償義務は直接負っているわけではないのだ。そのような構造の賠償法自体は改正すべきだという声は、今後高まってくるに違いない。

東電は、燃料費が安価な原子力電源を震災で一度に10基も失い、その穴埋めのために、割高な化石燃料の使用量を大幅に増やさざるをえないという非常事態にある。電気事業法上負っている電力供給義務を果たし、かつ賠償義務を全うするためには、柏崎刈羽原子力発電所の順調な稼働又は/及び電気料金改定が必須であるのが現実だ。もちろん、事故を起こした東電は許せないという世間の感情は自然なものであり、理解できる。しかし、今の実態を踏まえて、電力供給と賠償について現実的な解決策を探ろうとすれば、こうしたトレードオフ的状況を直視せざるをえない。その点、同委員会は冷静な議論をしていたと考えてよいだろう。ただ、向こう10年間で、約2兆5,000億円のコスト削減というのは容易ではない。現状の東電にとっては、年1兆円近い燃料費負担の当然増分があるため、その程度の額のコスト削減では総費用増をカバーすることは到底できないのだ。

意外に知られていないが、実は電気料金の値上げは30年ぶりであり、一般消費者にとっては久々の体験だ。また、今回の電気料金上げの必要性は、原子力発電所事故を起こした東電が原因だということで、極めて政治的な問題となることは間違いない。しかし、委員会報告によれば、電力の安定供給と円滑な賠償は、政治的に不人気な電気料金の値上げを決断して初めて可能になる。東電とその株主に徹底したリストラを求め、金融機関には債権放棄を求めることで、料金問題は先延ばしにしてきた。しかし、そろそろ限界だ。「政治主導」が本物だったのかどうか、大きな試金石だと言えよう。

(NPO法人)国際環境経済研究所所長 澤 昭裕