著者:大島 堅一
販売元:岩波書店
(2011-12-21)
販売元:Amazon.co.jp
★★☆☆☆
今年最大の事件はいうまでもなく東日本大震災だが、世界のメディアの注目度という点では、福島第一原発事故のほうが大きかった。これは奇妙な話である。震災では2万人近くの死者・行方不明が出たが、原発事故では1人も死んでいないからだ。ところが本書もそれを混同して、第1章を「恐るべき原子力災害」と題している。その恐るべき災害とは何だろうか。
「放射性物質の降下による直接的な健康被害はほとんどない」(p.17)
「放射線による確定的影響は周辺住民に生じていない」(p.22)
「確率的影響はどの程度のものであるのかわかりにくい」(同)
要するに今のところ人的被害はゼロであり、今後も発生するとは考えられないのだ。それは(科学的には過剰に厳格な)IAEA基準以上の放射線を被曝した住民がいないからである。にもかかわらず、著者は「チェルノブイリ原発事故の強制避難ゾーンに相当する汚染」などという無意味な比較をして「莫大な原子力被害」が出たという。
確かに避難や農産物の出荷停止で巨額の被害が出たが、それは健康被害に無関係な多数の人々を巻き添えにした政府の責任である。当時としては、そういう「過剰防衛」もやむをえなかったが、今となっては政府の過失だったのだから、賠償責任は東電ではなく政府にある。除染の必要性も、科学的には疑わしい。したがって事故の「莫大な損害賠償」をコストに含める著者の計算には疑問がある。
原発のコスト計算は、著者の原子力委員会資料とほぼ同じだが、これには多くの批判がある。最大のトリックは揚水発電のコストを原発に加算して高く見せたことだが、これは本書では訂正されている。もう一つは1970~2010年の政策コストを原子力のコストに加算していることだ。
プロジェクトの採算性には過去のサンクコストは無関係であり、forward-looking costだけが問題になる。今後、原子力にかかる研究開発や立地コストはきわめて少ない。もう新規立地の可能性がないからだ。したがって著者が政策コストとして加算している1.72円/kWhは過大であり、これを除くと原発のコストは8.53円/kWhで、火力(9.87円)より安い。「原子力は火力より高価だ」という著者の中心的主張は、サンクコストを算入した初歩的な誤りである。
後半の「再生可能エネルギーで脱原発が可能だ」という主張も、事実関係と結論が食い違っている。著者も「現在の再生可能エネルギーが採算に合わない」ことは認めつつ、固定価格買い取り制度などによって政府が補助すれば、再生可能エネルギーの「爆発的普及」は可能だという。これは当たり前だ。政府が無限に補助すれば、どんな産業も成り立つ。そのコストは税金や電気代に転嫁されるのだが、それは「大したことない」と著者は片づける。
全体としては、他の反原発本に比べれば事実を正確に記述しており、データは信頼できるが、その客観的事実が著者の主張する危険神話を自己否定している。今後は、今回の事故で明らかになった事実を踏まえた冷静な経済分析を望みたい。