ソニーの新卒採用活動が話題になっている。「ルールを変えよう」というメッセージを発信し、既卒3年以内に門戸を開いた上で第二新卒層も対象とする、ワークショップ型や企画提案型など選考方法の多様化、服装を完全に自由にすることなどを打ち出した。ネット上でも話題になった
私は新卒採用活動とは企業戦略であり、各社に独自性があっていいし、自由化、多様化していけばいいと考えている。今回のソニーの取り組みは評価したい。とはいえ、この施策そのもの、さらに評価される際に連呼された「ソニーらしさ」という言葉に、私は痛々しさと残念な空気を感じざるを得ないのだ
■この取り組みは画期的なのか?
ソニーの採用活動は、常に一石を投じてきた。『「出るクイ」を求む!』『英語でタンカの切れる日本人を求む』これは、1960年頃のソニーの求人広告のキャッチコピーである。いま読んでも斬新であり、ソニーという企業の姿勢を強く打ち出したものだ。新卒採用においても「学歴不問採用」、個人の経験や考え方を問う「エントリーシート」の導入、入社時期を選ぶことができる「フレックスキャリアスタート制度」など、各時代において画期的な施策を打ち出してきた。
ただ、「ソニーらしい」と礼賛された今回の件だが、ソニーという日本の大企業がやったから話題になったのであって、既に他社が取り組んでいることの寄せ集めのようで残念だった。画期的だと感じたのは「既卒の経験者」も一緒に選考するという点くらいだ。ライフネット生命などでは以前から「既卒も含めて30歳までを新卒扱い」としてきた。既卒者にも機会を与えるべきだという意見は2年前に日本学術会議が提案していたし、経団連も倫理憲章に盛り込んでいる。他の日本企業も既に取り組んでいる。論点はむしろ「実際に採用したかどうか」だ。選考方法をコース分けすることも、今回ほど大胆ではないが、富士通やダイキン工業などがとっくに取り組んでいたし、ウェブ系ベンチャーでは盛んに行われている。採用の時期はコテコテの日本の新卒一括採用そのものだ。
新卒採用は自由化、多様化が進んでいる。この施策を「ソニーらしい」と評価した人は、最近の動きを知らないか、ソニーによっぽどの愛を持っているか、幻想を抱いている人たちだろう。ついつい後手にまわりがちという意味では「“最近の”ソニーらしい」施策だったのだが。
■就活生は「ソニーらしさ」を知っているか
ネットの反応を見ていると、この件を「ソニーらしい」と評価したのは20代後半以上の社会人中心だった。学生の間でも話題になってはいたが、「ソニーらしい」という言葉をあまり見かけなかった。
ふと気づいた。2013年卒の学生は浪人・留年をしていなければ1990年生まれだ。生まれて物心ついてからほぼずっとソニーの凋落を見ていた世代だと言える。たしかにサイバーショット、VAIO、プレイステーションシリーズなどのリリースはあったものの、「ソニーらしさはどこに行った」と言われた時代とかぶっている。スティーブ・ジョブズはAppleのCEOへの復帰時に「ソニーみたいな企業に変える」と言ったそうだが、彼らは次々に画期的な商品・サービスをリリースし、存在感を高めていった。学生が見てきたのは、Appleやサムスンに圧倒され、大人たちに「ソニーらしさはどこに言った」と批判されるソニーの姿である。「ソニーらしさ」というのは実に便利で、曖昧な言葉だ。この言葉が成立すること自体、ソニーは得をしている。イノベーティブ、クール、スタイリッシュ、ユニークなどのイメージが混ざった言葉だと解釈しているが、今の就活生が生まれてから今まで、ソニーらしかった時間は何時間くらいあったのだろうか?
ここで再認識したのは、新卒採用というのは企業にとって便利な道具だということだ。企業の人材の意識改革は難しい。イメージアップだってそうだ。ただ、入口で入ってくる人材を変えることは比較的簡単だし、採用ブランドとしてのイメージアップは簡単だ。だから、企業は新卒採用にお金と手間暇をかけるし、人気企業ランキングアップに躍起になる。今回の施策で入社してきた若手たちは、イキイキと活躍することができるのか。この件について曖昧な不安を抱いてしまう。
「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
これは創業者井深大がソニーの前身の東京通信工業株式会社の設立趣意書に盛り込んだ一文だ。誰もが愛と幻想を抱く、虚像の「ソニーらしさ」をこえて21世紀型の「ソニーらしさ」を作って頂きたい。
こんな私も実はソニーファンだ。PCもスマホもAV機器も全部ソニーだし、ソニー銀行の口座も持っている。私がAppleやサムスンに流れないように、頑張って頂きたい。
これは批判ではない。中年ソニーファンからの檄文である。
常見陽平