前提を破壊するレストラン「エル・ブリ」―@toriaezutorisan

村井 愛子

スペインの三つ星レストラン「エル・ブリ」(昔はエル・ブジって言ってましたよね?)という名を聞いて思い出すのは液体窒素です。かつて日本に代表のフェラン・アドリア率いるエル・ブリ御一行が来日した際に、液体窒素を用いて調理をしているのを見て度肝を抜かれた記憶があります。料理というよりは、科学実験に見えました。その「エル・ブリ」のドキュメンタリー映画が公開されました。


スペインのカタルーニャ地方にあるこのレストランは、45席しかないシートに200万件もの応募が殺到するのだとか。しかも、ただでさえ予約の取りにくいこのレストランは、半年間営業をすると次の半年間は休業して来季のメニュー開発に取り組むのです。そのシーズンに出される料理は、そのシーズンにしか食べることができません。30品以上から成る料理は、全て刷新されるのです。

そして、メニュー開発を行うアトリエでのシーンが予想外でした。一般的にメニュー開発と聞いて思い浮かべる光景はなんでしょうか?例えば、冬の旬野菜である大根を使った料理を考えるかもしれません。大根といえば、ふろふき大根も美味しいですし、おでんの具としても主役級です。つまり大根という素材から導き出されるメニューを考える。これがメニュー開発の前提かと思います。

しかし、エルブリはそのメニュー開発の行程に入る前の前段階があるのです。それは、徹底した素材の研究です。たとえば劇中に登場したサツマイモ。ピューレをオイルで焼いてみたらどうか、真空調理してみたらどうか、オイルではなくて水を加えてみたら?切り方一つをとっても触感と見た目が異なってくる・・・という風に、徹底的に素材そのものが調理方法によってどう変化するかを試してみるわけです。一般的なメニュー開発の前提が「素材から導き出される調理法を考える」であるのに対して、エルブリは「素材そのものを徹底的に分析する」というアプローチを行うのです。

そして、気が遠くなるくらいの素材の調理方法を写真とデータで記録していきます。アトリエと呼ばれるキッチンの傍らにはマッキントッシュが数台置いてあり、素材を調理したそばから写真とデータを記録していくわけです。エルブリがこれまでに試行錯誤した調理方法は、すべてデータとしてストレージされています。劇中、メモリーが飛んでしまったことに対してフェランは激昂します。「ちがう、紙に書き留めていてもなんの意味もない。大事なのはデータなんだ」と。

しかも、素材研究の過程においてもフェランは「味は気にするな。大事なのは驚きと意外性だ。味を気にするのはもっと後の行程だ」と指示しています。確かに最終的に完成したメニューは、パっと見美味しいのか美味しくないのかよく分かりません。しかし、世界中の顧客は感動と驚きを求めて45席のシートを奪い合うのです。

エルブリが行っていることは、メニュー開発というレストランの前提を否定して自分たちの独自のフレームを作りあげることです。しかも、世界中にエルブリ以上のイノベーティブなフレームを所有しているレストランは存在しないのにも関わらず、年々そのフレームを壊しては新しく作り上げています。

前提を疑い、それを壊して構築し続けることは、想像を絶して精神力と体力を使い続けると思います。(エルブリは現在は数年の休業期間に入ってしまったようです)しかも、エルブリという生態系をフェランが構築したからこそ、年々フレームを変えるこのレストランが存在できたのでしょう。

やはりイノベーティブな何かは、一個人に由来するように思えるのです。

※ここには書ききれないこぼれ話をブログに書きました。

村井愛子 @toriaezutorisan