【GEPR】前IEA事務局長 田中伸男氏寄稿 日本のエネルギー政策見直しに思う

アゴラ編集部

アゴラ研究所の運営するエネルギーの研究、調査を行うGEPRは、毎週、政策を考えるための情報を提供しています。

今回は前IEA事務局長の田中伸男氏にコラムを寄稿いただきました。以下の冷静かつ適切な指摘は、エネルギー政策の再構築を行う際に、思索の共通の出発点になるでしょう。


日本のエネルギー政策見直しに思う

前IEA事務局長・日本エネルギー経済研究所特別顧問

田中 伸男

■IEAが見つめる日本のエネルギーの強みと弱み
東日本大震災とそれに伴う津波、そして福島原発事故を経験したこの国で、ゼロベースのエネルギー政策の見直しが始まった。日本が置かれたエネルギーをめぐる状況を踏まえ、これまでのエネルギー政策の長所や課題を正確に把握した上で、必要な見直しが大胆に行われることを期待する。

国際エネルギー機関(IEA)は、すべての加盟国に対して5年に一度行うエネルギー政策審査において、エネルギー安全保障、環境に関する持続可能性、経済効率の3Eの観点から、エネルギー政策を評価し、改善提案を行っている。日本のエネルギー政策については、その優れた点として、十分な石油備蓄やLNGガスの開発さらに原子力を含むエネルギー多様化を通じエネルギー安全保障を確保していること、トップランナープログラムなどの革新的な政策を通じて省エネルギーに成功していること、しっかりした研究開発制度を通じ国内外のエネルギー技術開発を主導していること、などを挙げている。

他方、課題としては、まずエネルギー安全保障の観点から電力会社間、特に東西間の系統線連係強化がある。IEAはこの必要性をここ十年以上にわたり日本政府に訴えてきた。EU諸国は周波数がほとんど50ヘルツで統一されており、各国間で系統線を結び、統一市場を作ることをセキュリティーの基本にしてきたこと比べ、東西で周波数が異なる日本の現在のシステムは先進国では極めて異例であり、緊急時には深刻な停電のリスクがあると考えたからだ。3.11によってIEAの主張が正しかったことが証明されてしまったのは誠に残念としか言いようがない。

今後は数が相対的に少ない東日本の発電機を更新するときに50-60ヘルツの両方で発電できる機械を使い、全ての更新が終わる十数年後をターゲットにして西側の60ヘルツへと統一することは可能だし、この方針はすぐにでも決断すべきだろう。また直流高圧送電技術を使って近隣の韓国やロシアと国際的に系統線接続することも市場のバッファー機能を拡大する。特に日本と同様のエネルギーミックスを持つ韓国は最近システム障害による巨大停電を経験したが、お互いに系統線接続し緊急時に融通しあうことが対応策になると考えるはずだ。この際、発送電分離、電気事業者の集約、再生可能エネルギー源を使う事業者の参入促進など公正で効率的な開かれた市場をつくるための国内電力市場改革が急務である。

ところで系統線連係を強化して国内を一つの市場にし、海外とも結んで市場を大きくすることが時々刻々変動する太陽光、風力などの再生可能エネルギーの利用を促進できる。この統一市場の中での競争により電力会社もビジネスマインドが高まり強くなる。スペインの風力発電会社が世界一の風力発電会社になったのもこのような制度改革のおかげである。一石二鳥、三鳥のこの改革はEUのエネルギー政策の基本である。このように既に海外では進展しているエネルギー市場の変革も参考にしながら、あらゆるオプションをタブーなしで議論する好機ではないか。
 
■福島原発事故の経験と克服は世界のエネルギーへの知の貢献につながる

もう一つIEAが指摘してきたことが原子力発電の稼働率の低さであった。現在では稼働率が25%という異常な状態にあり、このまま定期検査後の再稼働が認められなければ今年の夏には全ての原発が止まってしまう事態となる。そして代替燃料費だけで年間三兆円の追加支出が必要になる。3.11以前でも稼働率は70%程度とIEAメンバー国平均の85%と比べて極めて低い状態であり、福島事故後の今でこそ言いにくいが、いわば過剰規制ではないかと結論付けていた。もちろん徹底的な福島事故の原因究明により原発の安全性を高めることは喫緊の課題であるが、安全と安心は違うのであり、科学的に安全と言えるなら安心のための過剰規制はコスト高を招くと指摘したのである。

原子力規制機関の位置づけについては、本来、米国NRCのような独立した規制委員会方式が望ましいが、そうでない場合でも原子力安全・保安院の独立性を一般国民や投資家により明確に説明すべきだと提言した。また再生可能エネルギーについては利用可能なポテンシャルを使い切るためには、系統線接続の強化に加えさらなる再生可能エネルギーの導入支援策の拡充が必要と指摘してきた。これらの論点のうち再生可能エネルギーの支援策の拡充については、新たな強制買い取り制度の法律が制定され、原子力安全・保安院の分離も決まった。しかしながらエネルギー安全保障を高める方策についてはまだ議論が始まったばかりである。 

20世紀のエネルギー安全保障が石油備蓄だったのに対し21世紀のエネルギー安全保障は電力の安定的供給の問題である。去年の夏の節電で産業界、家庭も平日のピーク比20%の節約に成功したが、これは今後の需要管理を考える上で示唆に富んでいる。供給サイドの変動を管理するとともに需要サイドをスマートメーターでうまく供給に合わしていくスマートグリッドの技術が21世紀のエネルギー安全保障にとって重要技術だからである。それ以外にもエネルギーセキュリティーを高める技術はたくさんある。電気自動車など需要サイドの技術群に加え、供給サイドでは電力貯蔵技術、水素燃料電池、 送電ロスゼロの超電導送電技術、二酸化炭素分離貯蔵技術、メタンハイドレート採掘技術などであり、これらの開発を通じ日本が世界に貢献しうる。

3.11の後世界中から日本に援助の手が差し延べられた。そして世界は日本がどう未曾有の困難から立ち直るのか注目している。去年10月にIEAの閣僚会議に招かれたときに旧知のエネルギー閣僚たちと話す機会があった。皆口々に「日本に原発をやめてくれなんて誰も言っていない。安全に続けてくれと言っているので、そのためにも是非福島事故の教訓をシェアして欲しい。そうすれば世界中の原発がもっと安全なものになる」と激励された。日本が震災や福島の教訓を世界とシェアするのが恩返しになるのだ。

福島原発事故を受け日本では今ゼロベースでエネルギー政策の見直しが行われつつある。21世紀はシェールガス革命を経験しつつある天然ガス、よりクリーンな石炭、より安全な原子力、再生可能エネルギーをうまくバランスさせて持続可能性の高い電力を供給するという包括的エネルギー安全保障の時代になる。世界とアジアにおけるエネルギー安全保障のあり方も念頭に入れながら国内のエネルギーミックスおよび電力市場のデザインを考えるべきであろう。このところ日本が内向きになったという批判を海外で数多くの友人たちから聞いた。今こそ汚名返上する好機ではないか。福島事故以来、世界中の眼が日本に注がれているからだ。