著者:大鹿 靖明
販売元:講談社
(2012-01-28)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★★
福島第一原発事故をめぐっては、朝日新聞の暴走が目立つ。本紙は「プロメテウスの罠」で放射能デマを振りまき、週刊朝日は毎週のように広瀬隆氏に「福島はチェルノブイリになる」といわせ、AERAは「首都圏に放射能が来る」などという流言蜚語で批判を浴びた。その中で本書の著者だけは、事実に即した記事を書いてきた。
福島事故については多くのドキュメントが書かれているが、本書は事故調の中間報告を踏まえ、125人に取材してその全貌を客観的に描いた力作である。特に事故直後の菅首相と東京電力の食い違いは目をおおわしめるものがある。首相が原発に乗り込んだおかげでベントは2時間以上おくれ、彼が余計な口を出したために海水注入の中断が命じられた(実際には止めなかったが)。東電も政権に敵意を抱いて情報を出さず、危機管理は機能しなくなる。
事故が一段落したあとは、東電救済をめぐる経産省との闘いが始まる。これを機に電力自由化を進めようとする改革派の官僚が民主党に接近し、経産省の本流は財務省と組んで「賠償スキーム」をつくる。メインバンクや財界も巻き込んだ総力戦で官邸はすっかり孤立し、東電の「国体護持」が決まる。
最後は原発の停止をめぐる闘いだ。そのきっかけとなった浜岡原発の停止要請は、意外なことに経産省の書いたシナリオだった。彼らは海江田経産相に浜岡だけを止める会見をさせて反原発ムードの「ガス抜き」をし、他の原発は稼働させようとしたのだ。しかし、これを逆手にとった菅首相が他の原発も止めるかのような話をして、このシナリオは裏目に出てしまう。
菅首相に敵意を抱く経産官僚は、マスコミを利用したネガティブ・キャンペーンで首相を追い詰めてゆく。霞ヶ関に情報網をもたない首相は孤立し、彼の「脱原発」路線は党内でも支持を失う。彼は経産省の事務次官を更迭して挽回しようとするが、これも経産省に阻まれ、矢折れ刀尽きて退陣に追い込まれる。
今回のような大災害のときに、こんな無能な人物が首相だった日本の不運をあらためて嘆かざるをえないが、本書を読むとこれは菅氏の能力だけが原因とも思えない。印象的なのは、民主党政権と経産省や東電の考えが一貫して食い違っており、その闘いの予期せぬ結果として政策が決まってゆくことだ。
官僚や経営者は政権に従うように見せて裏では足元をすくい、首相を巧妙に孤立化する。霞ヶ関や財界の「空気」を読めない市民運動家を、日本社会の「本流」がいびり殺したようにも見える。官僚が政権に敵意をもっているような状態では危機管理はできないし、戦略的な意思決定もできない。日本に強いリーダーが出ない原因を考える上でも、一読をおすすめしたい。