「北朝鮮崩壊のシナリオ」第2版 --- 中谷 孝夫

アゴラ編集部

2011年12月19日に発表のあった金正日総書記の死亡以来、2か月半が経過しようとしている。金正日死亡の発表直後から、後継者に指名されていた三男の金正恩が党、軍、政府を統括する独裁者として、急遽神格化されて北朝鮮の指導者になり上がろうとしている。10年ほど前に、帝王教育の目的でスイスの高校に入学したが、語学の問題で、学校をドロップ・アウトした後、自分の祖父が開校した金日成大学へ裏口入学をしたにも拘らず、ここでもビデオ・ゲームとバスケットと女学生にしか興味を示さない俗称「太ったガキ」は、学業に精進する意思もないため退校してしまった。日本流にいえば、「彼は単なる中卒」ということだ。それが1週間の間に、「軍事の天才中の天才」になり上がって、兵役には1日も行っていない29歳の若造が全軍を率いる軍総司令官に昇進したのだ。報道によると、このにわか大将は毎週のように兵隊の駐屯所へ行って「何時でも戦争に向けて準備をしておくように」と言って、「戦車軍の指導をしている」というからお話にならない。最近の北朝鮮からのニュースによると、この「新しい軍司令官」は、核実験の陣頭指揮をしていたということだ。


北朝鮮の正式な名称は「朝鮮民主主義人民共和国」であるが、これほど「看板に偽りがある国」は珍しい。民主主義国とは「自由な国民の意思に基づいて政府が選ばれるシステム」であり、「共和国とは、その国の首長が自由な選挙で選出され、選挙で公約した政策を実行に移す国」を指すのである。北朝鮮は、民主主義的でも共和的でもなく、全てが金一族と軍隊の少ない上層部の間だけで、全ての事が秘密裏に決定されている「ならず者の国家」であることは間違いない。

現在の体制は「院政政治」と解釈される。実権は、正恩の妹、金敬姫の主人である張成沢が把握しており、「実質後見人」の役を果たしているようだ。ただ、看板は経験の少ない若干29歳の甥になっている。この未熟な甥の「ご意見番」なので、実際の決断は張成沢が行っていると考えていいような状況だろう。ところが、この後見人も軍歴はないが、国防委員会副委員長の要職にあり、4つ星の大臣の軍服を着ている。その上、妹までも陸軍大将の称号を持っているらしい。ここまでくると、一生軍隊で過ごしてきた者にとっては、耐えられない状況で、悲劇を通り越して喜劇の段階になっている。軍隊を統括しているのは、李英浩人民軍参謀総長だが、党や政府の人材が素人では、何時でも軍が実権を掌握する計画に着手してもおかしくないだろう。

北朝鮮は「主体思想」という考え方で、国が運営されているらしい。易しい言葉で言えば、「金もない小僧が、一人前の口をきいて、ナイフ等の凶器を見せびらかしながら、近所の子供達からお金をせびっている腕白野郎」というところか。これを国際社会で、実際にやっているのだから、驚くばかりである。例えば「スーパーノート」という精巧に出来た偽の100ドルのアメリカ紙幣のバラマキ、他国人の拉致と身代金の要求、麻薬取引やマネー・ロンダリング等は常套手段だが、最近は国際監視や対北包囲網が次第に強化されてきているので、外貨取得の手段としては、次第に実行が難しくなってきている。こういった外貨や外国物資調達を担当している部局が朝鮮労働党39号室、或いはOffice 39 (Office Thank you)であるからお笑いだ。この機関が輸入しているのは、自動車、パソコン、携帯電話、エアコン、ビデオ・ゲーム等だが、支配階級用にワイン、ウイスキー、コニヤック、バイアグラ等の高級品も含まれている。この部局の要員は、これらの物資調達の支払いのための外貨獲得に奔走している。最近はロケット技術、核兵器の販売促進に力を入れざるを得ない状態になってきている。その見本として、時々「精度の落ちた古い機種のミサイル」を日本海に発射する必要があるらしい。

最近は北朝鮮内でも「正恩体制には未来はない」という趣旨のビラが撒かれているという。あれだけ政府の監視が強い北朝鮮内で、このような反対派のビラが秘密裏に散布されているという点は、注目に値する。勿論韓国にいる脱北者が38度線の近くから「反体制のビラを付けた風船」を定期的に北風に乗せて、北朝鮮へ飛ばしてはいる。問題は、北朝鮮内部でこのようなビラが出始めると、事態はかなり深刻になっていると推測されよう。

本論の著者は、2010年8月20日付で、本欄に「北朝鮮崩壊のシナリオ」というタイトルで、7つの可能性を提示した。それを基に、新しい金正恩政権下になって、どうなるのかを再考したいと思って、本文を書いている次第である。

第1のシナリオは「表面は、やっと生きながらえている凋落国家だが、半年ぐらいのうちに重大局面をむかえるケース」

金正日の死後、後継者の能力と経済状態を考えると、このシナリオが妥当する可能性は極めて小さくなってきた。金日成、金正日と2代続いた半世紀にわたる独裁制の下で、人民の疲労は極端なまでに進行し、これ以上社会生活が維持できないほど疲弊していると考えられる。ユニセフの調査によれば、乳幼児の2割が急性栄養失調に罹っていると推定されている。ここまで食糧事情が悪化すれば、最後には「人は死を恐れなくなる」可能性だってあるだろう。

北朝鮮のメディアの報道によると、正日氏の遺訓は「正恩氏を心から奉じ、固く集結せよ」ということだ。即ち、「今までの間違った路線をまっしぐらに突進せよ」と言うことだ。これまでの誤った政策の反省もなしに、今までの政策を踏襲すれば、結果がどうなるかは素人でも了解がつくことである。はっきりしていることは、今までの政策と反対の融和政策を取れば、国民が政府に反抗して、「アラブの春」のような武装蜂起が発生する可能性が高いので、それを独裁者は一番恐れているからであろう。何時の時代の、何処の国の独裁政権も思考方法には変わりはないのである。最近の専門家の予想は、「半年後に何らかの大きな変化」があるかも知れないということである。

北朝鮮の土壌は硬質で豊富な鉱脈には恵まれているが、農業には適していない。マツタケ、朝鮮人参、アサリが主要な農産海産物である。正常な指導者ならば、その鉱脈を採掘して、国際貿易を通じて、その生産物を外国に輸出して、食糧品やその他の生活必需品を輸入しようとするだろう。ところが北朝鮮の指導者は、食糧の確保をそこのけにして、武器の開発と生産にだけ力を注ぎ、食糧の調達には力を入れない。「武器の販売、脅し、物乞い」という不正な手段を常套にしているので、国際社会で問題を起こすのは当然である。グーグル・マップで朝鮮半島の夜景を見ると、燦々と電光が輝く韓国に比べて北朝鮮は、まさに火が消えたような状態である。経済力がなくて、正常な貿易をしなければ、当然このような結果になる。2010年の1人当たりの国民所得の統計では、韓国の20,759ドル(約159万円)にたいして北朝鮮は僅か1,074ドル(82,000円)、即ち韓国の19分の1に過ぎない。日本の1人当たりの国民所得は、韓国の約2倍なので、北朝鮮と比較すれば、日本は約40倍ということになる。北朝鮮の貿易額は、韓国の212分の1に過ぎず、対中国貿易が60%近くを占めている。これに対して韓国の対中国貿易は21%に過ぎない。この事実は、北朝鮮がいかに経済的に中国に隷属しているかがよく了解できる。このような状況のもとで、いくら北朝鮮の首脳部が「強盛大国」というスローガンを掲げようと、空威張りに過ぎないことは、誰の目にも明らかである。

問題は、どれだけ長く自国民を経済的にも、人道的にも抑圧し続けることが可能か、という問題だろう。「アラブの春」もソーシャル・ネットワークが大きな役割を果たした。北朝鮮の携帯電話の普及率は、やっと10%に達したに過ぎない。現在は国内しか通話が出来ない状態だが、いずれ海外との通話にも使用されるようになることは時代の進歩であろう。これはエジプトの携帯会社が運営している。普及率が30%にでもなれば、外国からの情報が次第に国民の間に浸透するだろう。今でも、北朝鮮の内部では、韓国で何が起こっているかは、大体分っていると脱北者が語っている。問題は、何時、どのような形で、長年抑圧された人民が、最後の手段として、反抗にでるかが注目点になるだろう。

中国は、正日死亡のニュースを知るや否や、数十万人の人民解放軍を国境に派遣して、難民対策を講じた。中国政府は、表面上現政権に協力するだろうが、「アラブの春」にも見られたように、その政権が長続きしないとみれば、当然新しい方策を模索するだろう。中国は、恐らく「金一族の独裁」に飽き飽きしているに違いない。現在発展中のシリアの情勢が何らかの参考になるかも知れない。半年が経過した夏頃に「重大な局面」が発生してもおかしくない状況であるというのはかなりの数の朝鮮問題専門家が感じていることであろう。問題は,(a) 軍の掌握と安定 (b) 権力腐敗の排除 (c) 民心の掌握と経済の発展の3要素であると言われている。第3の経済問題がこじれて、社会不安が暴発する可能性は極めて高いと考えられる。(このシナリオの発生確率: 20%)

第2のシナリオ 「第二次朝鮮戦争」

最近の南北関係は極めて緊迫した状態にあるといえよう。兵歴がなくて、恐らく内心では劣等感を持っているであろう29歳の若者が、突然自己の権力を誇示させるために、「戦争ゴッコ」を始めることは想像に難くない。現況では、200基のノドン・ロケットが日本と韓国へ標準を向けていると推測されている。これを基に、北朝鮮は、韓国と日本から援助を引き出すために、絶えず「正日死亡の弔問」等に言いがかりをつけている。これは「ヤクザの言いがかり」と何ら変わらないわけである。ここ半年ぐらいの間を顧みると、まず中国へ白米の食糧援助を申し込んだが、ていよく断られた。仕方がないので、次にロシアまで遠足をしたが、これも足元を見られて断られた。その後、アメリカにも同じような要請をしたが、アメリカ政府も北朝鮮政府を通じた援助は政府の上層部にしか行き渡らないことを熟知しているので、体よく断ったようだ。金日成と正日は北朝鮮の住民に「肉の入ったスープと白米のご飯を食べ、瓦葺の家に住み、絹織物を着る生活レベル」を約束したが、食糧を増産せずに、武器ばかり作ったので、これは空手形に過ぎなかった。軍歴の長い将校達に、「空威張りを見せる」ために、この29歳の軍司令官が、或る時、突然韓国砲撃の指示を出さないという保証はないのである。

米国と韓国の軍隊は、定期的に共同訓練を実施している。恐らく北朝鮮は、38度線の付近で、この訓練を実施されるのを一番恐れているかもしれない。北朝鮮の原油の消費量は年あたり僅か20万バレルと言われている。成田空港の消費量は320万バレルである。即ち成田空港の消費量の11分の1である。北朝鮮は原油の産出がないので、全て中国からの輸入である。ところが、米国と韓国軍が定期訓練をすれば、それに対応して北朝鮮軍もある程度軍隊を動員して、この訓練に対処をせざるを得ないわけである。ところが燃料に限りがあるので、北朝鮮政府は、何時も米韓の共同訓練に文句を言っているわけである。米韓軍の共同訓練は、北朝鮮の燃料を消費させる最適の手段であるといえよう。(このシナリオの発生確率: 15%)

第3のシナリオ 「東独型の崩壊」

いくら北朝鮮が厳しい鎖国政策を維持しようとしても、人民がある程度の自由の確保と日常生活を維持するための物資が調達出来なければ、人々は海外へ逃避しようとするのは、当然の成り行きである。中国をはじめ東南アジアへの密出国が現在でも継続的に発生しているのも、北朝鮮の過酷な生活状況を考えれば、無理のないところである。今年も食糧難が一段と厳しくなっているようなので、ひょっとして、ある時、突然多数の国民が生命の危険をも省みず、鴨緑江を超えて、中国へ逃避する可能性も否定できない。最初は何百人単位だったものが、何千人に膨れ上がり、遂には何万あるいは何十万人の大衆となる。北朝鮮の人口は2300万人である。最初は警察と軍隊で防止しようとするが、大衆の数に押されて、ついには自分達も制服を脱いで、家族と共に大衆の中に溶け込んでしまう。釜山から漁船やボートに乗って日本へ、一部は仁川から西へ舵を取って中国へ向かう人達もいるかもしれない。まさに大衆離脱が国家の規模で発生するケースである。ベルリンの場合は、一つの壁が東西を遮っていたが、北朝鮮の場合は、二方が海に囲まれており、南へは行けないので、まさに30年前のベトナムのボート・ピープルの事件をもっと大規模にしたものである。警察も軍隊も、この大衆の必死の行動に圧倒されて、最終的には人民の側に立つだろう。リビアの場合も、そうだった。この大規模な大衆離脱に恐怖を感じた独裁者層は、危険を感じて身を隠そうとするだろう。その時、30年前にルーマニアで起ったチャウシェスク事件のようになるかどうかは、北朝鮮の人民の態度によるだろう。あの「チャウシェスク事件」が起こる数年前に、著者はルーマニアへ旅行をする機会があった。商店街の店のウインドーには、必ずチャウシェスクの写真が飾ってあった。街中が彼の写真で埋まっていた。それほど徹底した独裁政治をしていたので、最後に長年人民を抑圧したその反動と憎悪で、大衆が彼を引き回して銃殺した理由はよく理解出来た。著者は、このケースが北朝鮮で発生する可能性はかなり高いのでではないかと思っている。まさにリビアのカダフィーの状況がそうだった。下水道の穴に隠れていたカダフィーを見つけた反乱軍が、彼を引きずり回した後、銃殺してしまった。中国、ロシア、台湾、日本その他の近隣諸国の政府が、この問題にどう対処するかは、興味のあるところである。(このシナリオの発生確率: 15%)

第4のシナリオ 「中国主導による政権交代」

最近の中国政府の北朝鮮にたいする態度に、微妙な変化が出てきていることに気が付く。今までのように何でも北朝鮮に歩調を合わせるということがなくなってきた。その原因は、北朝鮮の要求が段々と度が過ぎるようになってきたことと、国際社会の中で「ならず者国家」として次第に孤立する北朝鮮の立場を擁護する問題で、中国がそれを次第に負担を感じる為だろう。中国政府は、もともと金一族の3世代にわたる世襲には反対だったし、もし世襲を続けるのであれば、マカオに長く在住し、少しは西欧の考え方をする長男の金正男の方がいいと思っているからであろう。中国の知的階層の中には、はっきりと北朝鮮擁護を中止すべきだという意見が最近台頭し始めている。金正恩とその取り巻きの根本方策は「金王朝の永続化と独裁政権の維持」だけが一大目的であるので、これは中国政府が受け入れられない要求だろう。正男は「金一家の三世世襲は出来ない」という意見を持っているらしい。これ以上金政権の我儘を放置すれば、最後には、「アラブの春」に見られるように、死をも恐れなくなった人民が蜂起して、反政府運動を起こす可能性は、かなり大きいと考えざるをえない。その場合、中国政府も正恩政権に見切りをつけて、もう少し開放的で、民衆にも受け入れられる政権の樹立を模索するかもしれない。(このシナリオの発生確率: 20%)

第5のシナリオ 「軍部によるクーデター」

軍部が「兵役が皆無の弱冠29歳の正恩が、僅か1週間で、軍司令官に昇進した事実」に嫌気をさして、いっそのこと自分たちの政権を樹立しようとして、クーデターを起こすことは、十分に考えられることである。これを予防するために、同期の下士官同士の会合や立ち話を禁止しているが、兵隊同志が連絡を取り合うことは、そんなに難しいことではないだろう。表面上の実権は、李英浩人民軍参謀総長と張成沢国防委員会副委員長の二頭立てになっているが、孤立している軍事大国の北朝鮮の参謀総長の腹一つで何とでもなることは明らかである。兵隊も生活が苦しいので、改善の見込みがないまま、暗黒の生活が永遠に続くとは考えにくい。問題は、仮に軍事政権が樹立しても、その後経済をどう改革するかの道筋がないのが問題である。このシナリオが発生する確率は極めて高いと考えられる。(このシナリオの発生確率: 25%)

第6のシナリオ 「リビアのカダフィーの改心」

父の死後、俄かに「軍司令官様」に昇進した統治経験が皆無の29歳の正恩が、学生時代にスイスでの生活の良さを思い出して、相談相手の叔父と話し合い、政策を大幅に修正して、少しは貿易立国を目指すという可能性があるかも知れない。カダフィーも、お金だけむやみにかかる原子力兵器の製造が無駄で、国際社会からの反発が多いので無益だと悟ったのは、60歳を過ぎてからだった。それにリビアは地理的に多くの国と接しているので、孤立政策を取りにくい点もあっただろうと思われる。しかし地理的に孤立している北朝鮮には、この可能性はほとんどないだろう。(このシナリオの発生確率: 3%)

第7 のシナリオ 「民主主義への回帰」

半世紀間続いたミャンマーの独裁的な軍事政権が、目下自由化と民主主義化へ急激な展開を続けている。半年ほど前から「ミャンマーの民主化」について国際社会でも色々な推測や議論がなされたが、その反応は懐疑的なものが殆どだった。ところが、その後の展開を見ると、初期の予想に反して、これは本物の軌道変更ではないかとの観測が出始めている。スーチー女史の自宅軟禁の解除、選挙公約等、徐々にではあるが、いい方向に進行している。国際社会も次第にこの動きを信じるようになってきて、全政治犯の釈放と少数民族の人権擁護の要求を突き付けている。世界の世論も「ミヤンマーは南アジアと東南アジアの接点で、戦略的にも重要な海上交通路に面しているし、豊富な資源と豊饒な農地が大きな魅力」であると、現在進行中の自由化に賛意を表明している。
では、北朝鮮もこのように軌道修正をして、国際社会に徐々に復帰するだろうか。現在の状況は、むしろ逆に孤立化の傾向を強めているとしか考えられない。(このシナリオの発生確率: 2%)

これ以外のシナリオが考えられるだろうか。

2012年2月5日 ミネソタ州にて

中谷 孝夫(なかたに たかお)
View from Lake Minnetonka ミネトンカ湖畔からの日本観察記
在米45年の元ウォール街の証券アナリスト
著書「アメリカ発21世紀の信用恐慌」2009年刊行