潜在GDPのHPフィルター推計

池尾 和人

クルーグマンも推奨するマーク・トーマのブログ(Economist’s View)に掲載された「潜在産出量-ギャップを測る(Potential Output: Measuring the Gap)」という記事が興味深かった。要するに、GDPギャップ(現実のGDPと潜在GDPの値の差)の大きさをどう見るかは、必要な政策対応を判断する上でもきわめて重要なんだけれども、その計測は容易ではなく、用いる手法によって大きな差が生じるという話。


これ自体は、従来からしばしば指摘されていることで、潜在GDPの推計値は幅を持ってみる必要がある。したがって、軽々しくGDPギャップが○○兆円存在するとか断言するのは慎まなければならない。こうした一般論に加えて、今回の記事がとくに興味深かったのは、HP(Hodrick-Prescott)フィルターを使って時系列データからトレンド(趨勢)成分だけを抽出するという手法を使った場合には、米国の現状においてGDPギャップが解消されている(!)という結果になることが報告されていたからである。

Mark Thomaのブログ記事から引用。

HPフィルターを使った手法にも、いくつかのメリットとともに、いくつかの難点もある(こうした点の解説としては、例えば、日銀レビュー「潜在成長率の各種推計法と留意点」(pdf)を参照されたい)ので、この推計が絶対に正しいということではない。トーマ自身は、信じがたいと述べている。しかし逆に、大きなGDPギャップの存在を示す他の手法による結果を鵜呑みにすることも危険だということである。ギャップの大きさに関しては無視しがたい不確実性が存在することを考慮に入れて、政策対応を考える必要がある。

なお、誤解のないように付言すると、失業が存在するからといって現実のGDPが潜在GDPを下回っているといった簡単な話にはならない。自然失業率の範囲の失業の存在であれば、潜在GDPが達成されている可能性がある。そして、今般の金融危機以後、自然失業率は上昇している可能性がある。

それでは、日本についてはどうか。幸いなことに、この手の専門家の廣瀬康生氏がいまは同じ学部の同僚なので聞いてみたら、わが国に関する計算結果を提供してくれた(HPフィルターは最近の計量ソフトには組み込まれていて、だれでも簡単に再現できるとのこと)。それによると、なんと、日本についても足下ではGDPギャップは解消している(!)という結果になっている(グラフで対数値をとっているのは、そうすると傾きが成長率を示すことになるから)。

廣瀬康生氏の計算結果を図示。

HPフィルターによる足下の計算値は、元のデータに引っ張られやすいという性質があることから、足下でのGDPギャップは小さく推計される傾向にあるということなので、この結果も割り引いて受け止める必要がある。それでも実感にあわないという人も多いと思うが、実感だけだと、地動説よりも天動説の方がよほどもっともらしい。実感を大切にするとともに、いろいろと分析・検証してみる必要がある。

- 日本経済は下振れじゃなくて、実力がへたってきているんだよ、ワトソン君。

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池尾 和人@kazikeo