著者:加藤 秀治郎
販売元:中央公論新社
(2003-03)
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著者の加藤修治郎氏は、ドイツの選挙制度を主に研究している政治学者だ。
著者の言わんとするところは明快だ。
「選挙の政党化を助長することが、政治を良くする」
オルテガいわく、
「民主政治は一つの取るに足らない技術的細目にその健全さを左右される。…選挙制度が適切なら何もかもうまくいく。そうでなければ何もかもダメになる」
ところが、これだけ重要な問題なのに、選挙制度の議論の水準は恐ろしく低い。
日本の、特にマスコミにおける選挙制度の議論は、教育問題に似ている。誰でも口が出せるし、それを専門とする学者の意見があまり尊重されない。参加者の誰もが、自分のよって立つ思想的バックボーンに無自覚に選挙制度を論ずるので、議論が咬み合わない。著者は、国際比較と過去の議論の検証の2つの観点から、建設的な選挙制度論を展開しようと試みている。
国際比較で論ずるなら、日本の選挙制度は極めて特殊だ。日本では当たり前だと思われている大選挙区単記制という制度そのものが、日本以外の世界のどこにも存在しないのだ。かつての中選挙区制は、正確には大選挙区単記制だし、地方議会選挙も、大選挙区単記制に分類される。
複数当選枠のある大選挙区で、1人しか候補者を書かせない大選挙区単記制は、外国では考えもつかない奇妙なものなのだが、それだけでなく、この制度には決定的な問題がある。同一政党の候補者が、同じ選挙区で票の取り合いをしなくてはいけないからだ。つまり、大選挙区単記制は、個人の選挙であり、政党の選挙にはなりにくい。しかし、個人中心の選挙は、議院内閣制と整合的ではない。議会が政党別にまとまらなければ、安定政権の創出など不可能だからである。
そもそも、中選挙区制を導入したのは、政党政治に生涯反対し続けた山形有朋だった。その意味で、山形の意図は見事に実現したと言える。長い間、日本の選挙は「個人の選挙」であり、議会においては政党としてまとまることはあっても、党中央の権力は弱かった。
過去の議論を検討すると、19世紀の英国では、ミルとバジョット、戦前の日本では、美濃部達吉と吉野作造が、それぞれの政治思想を明示した上で、比例代表制と小選挙区制を主張し、立派な議論をしている。美濃部も吉野も、現行(当時)中選挙区制がダメだということでは一致している。ところが、現在の選挙制度論の水準は、彼らの域を超えるどころか、退行している。中選挙区制の復活が主張されている。過去の議論をふまえないから、「車輪の再発見」をしてしまうのだ。
また、本書の重要な点は、「情報コスト」の問題を取り扱っていることだ。
選挙民は政治のことばかりを考えて生活してはいない。自分の生活があるのだ。候補者の氏素性や政見を詳しく検討したり、膨大な政党マニフェストを読まなければ、適切な投票行動が採れないなら、その選挙制度は優れているとは言えない。あまり手間暇をかけなくても、自分の主義主張と整合的な投票ができるように、選挙制度は設計されねばならない。その点でも、かつての中選挙区制は失格である。党の政策、候補者個人の評価の両方を検討しなければ、投票ができない。また、大新聞が好んで書く「人を選べる選挙の方が、政党しか選べない選挙よりもいい」という主張は間違っている。候補者個人の情報を集めてまで、投票行動を決定したい人は、多くない。
情報コストが高いと、いい加減な投票が行われる。大選挙区完全連記制の選挙では、1番目の候補者はともかく、2番目以下は、ほとんど適当に選ばれる(donkey vote)ことが知られている。参議院全国区の膨大な候補者の中から、自分の主義主張に合う候補者を選ぶのは、ほとんど不可能である。タレント議員が担ぎ出されるのは、投票者にとって、テレビタレントは情報コストが低いからだ。
比例代表制と小選挙区制のどちらが良いかは、著者も結論を出していない。議院内閣制である以上、議会における安定した多数派の創出が必要不可欠であることは確かだが、比例代表制が多党制を助長し、小選挙区制が二党制を助長するというデュベルジュの説は、ロッカンによる包括的な国際比較によって、多くの反例が示されている。低得票政党阻止ルールによって、小党を制度的に排除する方法もある。多党制でも、ドイツのように、複数政党が長期的な連合政権を組めば、安定した多数派が創出可能なので、多党制で政権が不安定になるとも言えない。はっきりしていることは、選挙の政党化を阻害する、大選挙区単記制や非拘束名簿式比例代表制は最悪だということだ。
「政治改革」によって、衆議院中選挙区制はなくなった。しかし、参議院地方区は大選挙区単記制のままだし、参議院全国区は、拘束名簿式から非拘束名簿式に改悪された。地方議会選挙はモザイクパターンのように適当に区分けされた大選挙区単記制だ。参議院が「強い」第ニ院であることや、人的交流の面で、地方政治が国政に与える影響を考慮すると、こちらも、比例代表制か小選挙区制にした方がいい。
また、衆議院から中選挙区制がなくなったといっても、「後援会制度」にみられるような個人中心の選挙風土は残っている。著者は書いていないが、選挙の政党化をさらに進めるために、政党助成金制度を充実させるべきだと思う。