橋下徹氏のための日銀法入門

池田 信夫

大阪市の特別顧問に高橋洋一氏が就任したと聞いて危惧していたのだが、橋下市長が日銀法の改正に言及し始めた。

政治が日銀人事に口を出すのは当然だ。むしろ、目標の独立性と手段の独立性を混同している。目標は政治が決めるべき。そしてその目標を達成する手段は専門家に任せるべき。首長と教育委員会の関係と全く同じだ。日銀が全て正しい判断をするわけではない。


これは高橋氏がよくいう嘘である。日銀法には、その目的がこう書かれている。

  • 第1条第2項 日本銀行は、前項に規定するもののほか、銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資することを目的とする。

  • 第2条 日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。

このように日銀の目的は、信用秩序の維持と物価の安定である。第4条では「それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」と定められており、目的の独立性はない。しかし物価の安定のためにどういう政策手段をとるかについては、日銀の独立性が保証されている。

リフレ派は日銀の目的とインフレ目標を混同して、「政府がインフレターゲットを設定すべきだ」と主張するが、インフレ目標は政策手段であり、それを採用するかどうかは日銀の裁量の範囲である。日銀の独立性が保証されている意味は、教育委員会とは違う。今のように不況が続いて財政政策の余裕がなくなると、コストのかからない金融政策で景気を刺激しようという政治的圧力のかかるインフレバイアスがあるためだ。80年代には「円高不況」に低金利で対応したため、バブルを生んでしまった。

みんなの党などが主張しているように、日銀法を改正してインフレターゲットを政府が決め、達成できなかったら総裁を更迭するという規定を設ければ、日銀はあらゆる手段を使ってインフレを起こすだろう。それは副作用を無視すれば簡単である。植田和男氏もいうように、「(日銀が)財を大量に購入して廃棄するということを続ければ、デフレは止まる。中央銀行が政府の代わりに公共投資を大量に実施しても同じである」。

インフレターゲットを採用しているイギリスでも、その罰則はイングランド銀行の総裁が首相に手紙を出すだけだ。FRBの「インフレゴール」には罰則はない。複雑な金融の中で、インフレ率という一つの目標だけを絶対化することは危険だからである。日本経済の最大のリスクは1%以下のデフレではなく、GDPの2倍に積み上がった政府債務であり、日銀が無理な金融緩和を行うことは、財政破綻のリスクをおかすギャンブルである。