世代間格差改善の議論が政治的にも認識され始める中、厚労省が反論資料を公表した。「社会保障の正確な理解についての1つのケーススタディ ~ 社会保障制度の“世代間栺差”に関する論点 ~」という資料(以下「厚労省資料」という)である。
この厚労省資料は先般、内閣府経済社会総合研究所が公表した「論文(社会保障を通じた世代別の受益と負担)」に対する反論であり、専門家(経済学)以外には一見すると妥当に思わせる形式をとっているものの、基本的な間違いが多い。
このため、今後の年金改革、世代間格差に関する議論に一定の影響を及ぼす可能性があるから、簡単な検証を行ってみた結果を報告する。
その際、今回のコラムで注目したのは、厚労省資料の26ページ・27ページの簡易試算である。この簡易試算は、エクセルで誰でも試算可能であるから、私も同じ結果を再現してみた。再現結果は以下の図表1のとおりである(注:図表が見難い場合は下部のzipファイルをダウンロードしてご覧ください)。
図表1 厚労省資料の再現(クィックで画像拡大)
●27ページ
●26ページ「ケース1」
●26ページ「ケース2」
この再現結果で留意する必要があるのは、厚労省資料が指摘する「割引率」(27ページ)ではなく、上記図表の「黄色マーカー」部分の世代人口である。厚労省資料では世代人口は明確に記載していないが、この資料の簡易試算は「人口変動なし」で再現可能であり、上記図表では各世代の人口を1に設定している。その際、図表の横軸は「期間」、縦軸は「世代」を表し、青色部分は年金給付、ピンク色部分は負担(拠出)を表す。
すると、例えば、図表1の下段(26ページ「ケース2」)は厚労省資料の26ページ「ケース2」を再現し、第6世代から第12世代の年金給付と負担の倍率(=給付計÷拠出計)は「1」と計算される。どうやら、厚労省はこのようなケースもあるから、世代間格差の議論は確かなものとは限らないと主張したい模様である。
では、現在の日本経済のように少子高齢化が進むケースでは、これら世代の給付負担倍率はどう変化するだろうか。各世代の人口は適当な数値であるが、その試算結果は以下の図表2のとおりである(注:図表が見難い場合は下部のzipファイルをダウンロードしてご覧ください)。
図表2 少子高齢化の影響を勘案したケース(クィックで画像拡大)
●27ページに対応
●26ページ「ケース1」に対応
●26ページ「ケース2」に対応
結果(例:図表2の下段)をみれば一目瞭然であるが、厚労省資料の26ページ「ケース2」と同様の設定でも、人口変動があり、少子高齢化が進む場合、第8世代以降の給付負担倍率は1未満となる。
すなわち、世代間格差が発生するのは基本的に人口変動ショックの問題であり、賦課方式の枠組みではそれが特定世代に過重な負担を押し付けるメカニズムをもつからである。
いずれにせよ、厚労省資料(26ページ・27ページ)は、「人口変動なし」という前提の下で、「割引率」が利子率(運用利回り)か賃金上昇率かというくだらない比較をしているものに過ぎない。(賦課方式が引き起こす)世代間格差は、少子高齢化の下での問題であり、人口が不変または順調に拡大するケースでは、そもそも議論の必要がないテーマなのである。
(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)
なお、図表1と図表2の試算結果(zipファイル)はこちらにアップロードしているので、自分で確認したい読者は適宜ご利用ください(黄色マーカー部分に異なる数値を入力することで様々な計算が可能です)。