電力使用制限令の発令は回避されたものの、関西地域の企業活動や市民生活、消費に大きなマイナス要因です。ただでさえ弱っている関西経済をさらに痛めつけることになりかねません。
八木誠・関西電力社長は記者会見で、関電管内だけでなく中部、北陸、中国の各電力会社の利用者にも大きな負担をかけることを陳謝し、深々と頭を下げました。
しかし、なぜ関電の幹部が謝らなければならないのでしょうか。僕にはまったく理解できません。関電は悪いことを何もしていないのです。大飯原発を再稼働すれば、電力供給のひっ迫感は、緩和されます。猛省すべきなのは、リーダーとしての判断力と決断力を欠き、感情的な「反原発論」に流されている国と地方の政治家たちです。
特に関西地域の製造業にとって、15%もの節電を強いられるということは死活問題です。現時点での産業界の対処方法は、大きく分けて以下の3つに分かれます。
• 自家発電機を購入・設置するなど自衛策を講じる企業。本来なら必要ない高額出費を迫られていることを政治家は、認識する必要があります。そのお金は事業拡大のための投資を削り、利益を削り、従業員の給料を削り、血の出るような思いをして捻出しているのです。自家発電機は1000万~5000万円という巨額の投資が必要です。中小企業にとってはあまりにも大きなコストです。しかも、自家発電機は“特需”にあり、今から発注しても夏までに納品・設置できないのです。
• 製造拠点を関西圏以外に移す企業も。日立造船などは、製造拠点を関西以外に移転し始め、液晶パネル原版を製造するエスケーエレクトロニクス(京都市)は台湾の工場に生産を振り替えることも検討しているそうです。ダイキン工業の井上礼之会長は「安全が確保されるなら、短期的には日本経済を良くするため、必要最低限は(原発を)稼働させるべきだ」(産経新聞より)と話しています。原発再稼働を先送りすれば、工場の海外移転そして産業空洞化がさらに加速します。
• 自家発電機を購入できずに、関西圏以外に製造拠点を移せない企業は、夏前の前倒し生産を始めています。しかも、現時点では計画停電の可能性が完全に消えたわけではありません。
電力問題と直接関係があるかは不明ですが、最近、大阪から東京への異動が多く報告されています。グロービス経営大学院のMBA生だけでも、この1年間で約2割近くの方が東京に異動しています。東京から大阪への異動は、その十分の一にも満たないのです。「大阪都構想」を叫ぶ前に、まずやるべきことは関西経済の活性化でしょう。いったい誰のための、何のための「反原発」なのでしょうか。
関西の産業界からの悲痛な叫びを、どれだけの政治家が真摯に受け止め、是正するために行動するのでしょうか。性急に「脱原発」を進めることは関西経済、そして日本経済に取り返しのつかない深刻なダメージを与えることになります。僕たちはそうした視点から政治リーダーたちの行動をしっかり監視しなければなりません。
日本国内の商業用原発は5月5日にすべて止まってしまいました。脱原発を性急に進めれば化石燃料への依存度を上げるしかなく、それによって年間3兆円もの出費増になると言われています。電気料金の大幅値上げは避けられず、家計を圧迫し、製造業の国外流出を加速させるでしょう。
我々にとって、今ある選択肢は2つです。僕らは、どちらを選ぶべきか。冷静に考える必要があります。
(1)福島第一原発の全交流電源喪失という事故から真摯に学び、対策を施し、安全性が検証された原発から再稼働させる。並行して、日本の成長のための中長期的な総合エネルギー政策を早急に策定する。
(2)原発再稼働は一切認めず、性急に「脱原発」を進める。それによって、エネルギーの安定供給体制が崩れ、料金が値上がりし、産業と雇用を失い、3兆円もの国富を国外に流出させることもやむなしとする。
僕は迷わず(1)を選びます。それが日本の子供たちの未来のために必要な正しい行動だと信じるからです。選挙を意識して感情的な「反原発論」「脱原発論」に安易に迎合する政治家や、それを政争の具に利用しようとする無責任な政治家に対して、僕たち有権者ははっきりと「NO!」と言わなければなりません。
先日、ある識者の方がこう仰っていました。
「原発問題は、政治家の能力を測るリトマス試験紙だ。エネルギー政策、外交・防衛、経済、環境政策等の理解度がわかり、歴史観さえもわかる。エネルギーが無くて、日本が先の戦争を強いられたことを知らないのだろうか?」
まったくその通りだと思います。
選挙で有権者は、候補者が掲げるすべての政策に賛成して投票しているわけではなく、良き方向に導いてくれそうだと思えるリーダーを選んでいるのです。ですから、リーダーたる者、選挙で選ばれた後は、刻々と変化する状勢に従い、適宜政策を修正し、民意を正しく導く努力をし、時には民意に反してまでも正しい政策を実行する義務があるのです。
政治リーダーだけに責任を押し付けるつもりはありません。経済界のリーダーの多くが批判を恐れるあまり沈黙してきたことも、今の体たらくの一因です。もっと主張し、もっと声を上げなければ伝わらないし、何も変わりません。幸いにも、最近は原発再稼働への肯定的意見が増えていて、潮目が変わったような気がします。地道に、冷静に、根気強く議論を重ねることしか解決の道はありません。
僕は昨年8月5日の夜に、孫正義・ソフトバンク社長と4時間近くにわたりエネルギー政策について公開討論しました。1.安全保障、2.環境・命への優しさ、3.実現性/安定性/経済性、4.50年、100年先の未来――という観点から「性急な脱原発は危険だ」という主張はその時から少しもぶれていません。
(参考:トコトン議論のプレゼン資料、「脱原発を叫ぶ前に――」 孫正義 × 堀義人 対談全文書き起こし(1)、堀義人ブログ)
最後の最後は政治リーダーが決断しなければなりません。その責任は極めて重く、ずるずると先に延ばしたり、逃げ回ったりしていることは許されません。「反原発」という空気を政争の具に利用するなどということは言語道断です。日本の未来、子供たちの未来にとって正しい選択と決断がなされることを切望します。
堀 義人(ほり・よしと)
グロービス経営大学院 学長
グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。
住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ(G C P))設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任し、自ら「企業家リーダーシップ」科目の講師として教鞭をとる。
若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur’s Organization現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事、日本プライベート・エクイティ協会理事を務める。
著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)、『ケースで学ぶ起業戦略』(日経BP社)、『ベンチャー経営革命』(日経BP社)等がある。