日本のニコニコ動画には、日本語でユーザー登録を行わなければ、ログインすることが出来ず、まだ非英語圏からアクセスは容易ではない。ところが、今、ニコニコ動画へのアクセスしている日本以外の国のトップは、アメリカからだという。一般にアメリカ人は、言葉の問題で非英語圏へのサービスにアクセスすることはあまり行わない。ところが、グーグル翻訳を駆使しして、何とかアカウントを獲得し、自分の見たいものにアクセスしているという。
今、ニコニコ動画は本格的なアメリカ進出のための準備をしている。日本で5月にサービスを開始した「ニコニコ動画Zero」とほぼ同じ内容のサービスを、年内を目標に展開を開始する予定だ。米レドモンドにあるニコニコ動画の米国法人のniconico.incのジェイムズ・スパーン社長兼CEOに話を伺った。
海外のユーザーの熱意に後押しされてスタート
現在、英語圏向けには、とりあえずという形で niconico.com がオープンしている。これは日本向けに行われたスペースシャトルの打ち上げの中継映像を観ていたアメリカのユーザーが、アメリカの中継をやるのなら、アメリカでもサービスを行ってほしいという強い要望に押されるようにして、スタートしたサービスだという。ただ、大規模展開をするために慎重に準備をしてきたという。
niconico.comには、日本のコンテンツに興味を持っている人がアクセスをしている。日本のアニメ、ボーカロイド、ゲームといったものが好きな日本のファンの人たちだ。ほとんどプロモーションをしていないにも関わらず、アクセス数は増加し続けており、アメリカだけでなく、欧州、南米など、全世界からアクセスがあるという。
現在は、日本のニコニコ動画から人気のあるものをピックアップして流したり、日本向けに行っている中継を同時に配信を行ったりしている。日本で流れたアニメも、「ブラック★ロックシューター」など公式で英語字幕を付けられて配信することも実験的に行われている。日本と同じように書き込み方式で、英語で右から左に文字が流れていくのを見るのは、なかなかシュールに感じる風景だ。たまに、南米で人気が出た映像にはスペイン語の書き込みが集中したことがあり、まったく中身がわからないようなこともあるという。
全米で頻繁に行われるアニメ、マンガ、ゲームイベント
日本のコンテンツがどこまで人気があるのかは、今ひとつ日本からは実感しにくいところがある。ゲームショップの店頭を見ると、海外のゲームに押され、日本のゲームの存在感は弱くなっている。家電ショップのDVDやブルーレイコーナーでは、日本のアニメのスペースは、年々小さくなっている。アニメは日本で放送されると1週間経たないうちに「ファンサブ」と呼ばれるファンによって付けられた英語字幕が、ネット上で流通してしまうため市場が成り立たなくなってきているためだ。
niconico.comのロゴマークとジェイムズ・スパーン社長兼CEO
しかし、「日本のコンテンツを見たい熱心な海外ユーザーは少なくない」とスパーン氏は述べる。6月末に米ロスアンゼルスで開催されたアニメ、マンガ、日本文化を中心としたファンイベント「Anime Convention」は、10万人以上のもの来場者を得ている。ライブ配信をniconico.comで公式チャンネルとして実施した。日本との違いは、現地に行けないユーザー達は一日中熱心に観ていたのだそうだ。視聴者は7万人あまりで、コメント数は13万。ほとんどプロモーション活動を行っていないのに、それだけ、コアなユーザーは情報に飢えていて、探してくるのだ。
同様のイベントは、毎月のように全米のどこかで開催されており、数百人から数万人といった規模の大きなものまで様々なものが行われている。地元の地方都市のシアトルでも、毎年4月に「Sakura-Con」という収益を目的としていないファンイベントがあるが、2万枚の事前チケットが完売してしまうほどの規模だという。
日本好きのファンは、バットマンなどのアメコミのファンと区分けされているのか、という質問に対して「ファンはかなり重なっている」(スパーン氏)のだそうだ。イベントの参加者の9割近くが、日本のアニメのコスプレをする一方で、アメコミのキャラクターのコスプレをしたりと、区分けはそれほど明快には別れていないのだそうだ。日本のマンガ、アニメは「ワンピース」や「ナルト」といった王道物に人気があるが、詳しいファンは新作をよくチェックしている。
ニコ生は海外では「ゲーム実況」が中心になる可能性
ニコニコ動画は、常にグーグルの動画サイトYouTubeやライブ配信のUstreamと比較される。アメリカでは、日本文化をのぞいて、どこで差別化ができるのだろうか。スパーン氏が強調したのが、「コミュニティ機能」の重要性だ。「YouTubeは図書館で何かを調べたいときに検索をして動画を見るサイトで、Ustreamは企業向けという要素が強い。それに比べて、ニコニコ動画は笑って楽しんで、自分でも配信して、コミュニティを作って、視聴者とのリアルタイムインタラクションを楽しむという点が大きく違います。そのため、競合ではないと思います」(同) 同じ動画にコメントが追加されていくために、何度も、同じ動画が再生されてお互いに楽しむという点は大きく違うという。
「ニコニコ動画Zero」の海外展開が開始された後は、日本と同様に、「生放送」の機能を強化して、自分で発信する「コンテンツクリエイター」を育てていきたいという。「日本人気があるのは、アニメ、ゲームの順ですが、アメリカではゲームの方が中心になるのではないかと思います」(同)アメリカでは、ゲームを実際に遊んでいる画面を放送する「ゲーム実況」の動画の人気が高いという。
アメリカのゲームで人気があるのは、FPS(ファーストパーソンシューター)といった戦争をテーマにした対戦ゲームだが、あまりに画面の変化が速いので、ニコ動のような配信には必ずしもフィットしないのだそうだ。「特に日本のレトロゲームの番組には人気があります。ペースがゆっくりとしている上に、他のプレイヤーの意見を生で反映しながら、ゲームを進められるおもしろさがあるためです。これはライトなゲームを展開する上では有利になるかもしれません」(同)
すでに、niconico.com では、フェイスブックのアカウントでユーザー登録ができるようになっており、連動性も進めていく予定で、日本のゲームを展開する上で、海外ファンとの間の直接的なコミュニケーションを通じて話題性を作ることができる。日本好きのコアなファンは一定数存在することはわかっている。まずは、その層から確実に支持を受けられるかどうかが重要だろう。
今まで、日本のコンテンツ企業(いや、コンテンツクリエイターにとっても)日本好きの海外の人達に、直接的情報を届け、インタラクションを取る方法は限られていたが、niconico.com が成長してくると、海外ユーザーとのコミュニケーションツールになりうる。そして、動画を通じたコミュニケーションサイトの登場はコアなファンのみならず、裾野を広げ、日本で引き起こしたような新しい文化を作り出す土台にもなる大きな可能性を秘めている。
新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin