独裁のパワー - 『マスタースイッチ』

池田 信夫

マスタースイッチ 「正しい独裁者」を模索するアメリカ
著者:ティム・ウー
販売元:飛鳥新社
(2012-08-25)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆


日本のハイテク産業は危機的な状況にある。エルピーダやルネサスは外資の傘下に入り、シャープもその日が近い。これについて「日本のものづくりが滅びる」といった悲観論が多いが、そうだろうか。本書も指摘するように、日本の家電産業はかつてアメリカの脅威だった。それがここまで落ちぶれたのは企業の新陳代謝がなかったからであり、外資が参入するのは生まれ変わるチャンスかも知れない。

本書はAT&Tがいかに独占産業になり、それを政治的に維持してきたかというストーリーを中心にして、情報通信業界やインターネットの歴史を解説したものだ。あまり新しい話はないが、読んでいて感じられるのは独占を実現して維持する企業の戦略と執念だ。たとえばマイクロソフトやインテルは最初は「オープン」を標榜していたが、大きなシェアを取ると閉鎖的なアーキテクチャに変更した。グーグルも「邪悪になるな」という社是とは裏腹に、そのもつ個人情報をいろいろな用途に利用し始めている。

ネットワークには、大きいものはますます大きくなるというネットワーク外部性があるので、最初はオープンにして徐々にクローズドにする彼らの戦略は合理的だ。最初にネットワークを広げるときは、思い切ったリスクを取らないといけない。ところが日本企業は、こうしたプラットフォーム戦略が苦手だ。みんなの意見をきいて無難な製品を開発するため、よくも悪くも独裁的なプラットフォームを構築するパワーがないのだ。

このようにネットワークには「自然独占性」があるので、新しい企業を独占企業から保護し、市場を分離する「分離の原則」を著者は提案するが、これはどうだろうか。本書が示しているように、AT&Tの独占の中からインターネットが生まれ、IBMの独占の中からマイクロソフトが出てきた。イノベーションを生み出したのは、技術者の情熱であって規制ではない。

むしろかつてFCCがAT&Tとテレビ局の利権を守って通信市場を有線と無線に分割したために携帯電話の登場が遅れたように、規制が競争を阻んでいるケースも多い。特に今、結果的に独占を守る機能を果たしているのが知的財産権だ。アップルとサムスンの10億ドルの訴訟は、何もイノベーションを生み出さないが、競争を阻害する効果は大きい。イノベーションを拡大するために必要なのは、知的財産権の抜本的な見直しではないか。