放射能が人々に知られるようになった最初のきっかけは、広島・長崎の原爆だった。25万人の死者のほとんどの死因は核爆発による熱であり、被爆後すぐ帰宅した「入市被爆者」の平均寿命は日本人の平均より長い。つまり核エネルギーは桁外れに大きいのに対して、放射線の影響は他の有害化学物質と比べて特に大きくはないのだが、両者が混同され、恐怖が世界に拡大した。
放射能の恐怖を印象づけたもう一つの出来事が、1954年の第五福竜丸事件だった。水爆実験で被爆した漁船の久保山愛吉無線長が死亡し、放射能が危険だというイメージが大衆に植えつけられたが、久保山の死因は輸血による肝障害で放射線とは無関係だったことが今日では確認されている。この事件に着想を得て「放射能が遺伝子に異常を引き起こす」というテーマで映画「ゴジラ」がつくられ、世界で大ヒットしたが、放射線の影響は遺伝しない。
原発への恐怖を表面化させたのが、1979年のスリーマイル島事故と(偶然にも)同時に公開された映画「チャイナ・シンドローム」だった。スリーマイル島事故ではまったく健康被害は出なかったが、アメリカではそれ以後30年、原発の新設は認可されなかった。1986年に起きたチェルノブイリ事故の被害のほとんどはソ連政府による過剰避難が原因だったが、「数十万人が避難した」という事実が原発の恐怖のイメージになった。
世の中にはNHKの捏造番組のように「原子力村の圧力で放射線基準は緩和されてきた」と信じている人が多いが、これは逆だ。本書もいうように放射能の恐怖は非常に強く、それを利用する反核団体が世界各国の政府に圧力をかけてきたため、放射線基準は厳格化され、年間1mSvという自然放射線以下のレベルに規制するばかげた状況になった。
著者は原子力には中立だが、放射能のリスクより地球温暖化のリスクのほうが大きいと警告している。どっちのリスクも正確なことはわからないが、気候変動に比べると放射能のほうが具体的でわかりやすく、恐怖をあおる素材になりやすい。そしてメディアによって形成された大衆のイメージが政治家を動かす。エネルギー政策を考えるときは科学的データだけではなく、こうした大衆のイメージを考慮に入れることが重要だ。