政府の深いポケットがモラルハザードを生む - 『外資系金融の終わり』

池田 信夫

外資系金融の終わり―年収5000万円トレーダーの悩ましき日々
著者:藤沢 数希
販売元:ダイヤモンド社
(2012-09-14)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


金融というのは不思議なビジネスである。何も生産してないのに、銀行の経営者もトレーダーも製造業よりはるかに高い報酬をもらう。ふだんは実体経済に大して貢献してないのに、銀行の経営が破綻すると経済全体を危機に陥れる。そのため金融危機になると政府が公的資金を注入するので、銀行は「表が出たら私のもうけ、裏が出たらあなたの損」というおいしいビジネスだ。

こうしたモラルハザードは昔からよく知られているので、それを是正しようとする規制改革も何度も行なわれてきたが、結果的には失敗だった。今回の世界金融危機のあとも、銀行のリスクテイクを大幅に制限する「ボルカー・ルール」や銀行の自己資本規制を強化する「バーゼルⅢ」などの規制が提案されているが、それが危機を防ぐことができるかどうかはわからない。

同じような問題が繰り返されるのは、金融ビジネスのペイオフ構造が非対称になっているからだ。たとえば投資銀行のトレーダーが取引でもうけると、その何%かの手数料を取れるが、損しても(最悪の場合でも)クビになるだけなので、彼らは過大なリスクを取ることが合理的だ。これは銀行全体についても同じで、破綻すると政府が助けてくれるので、過大なレバレッジや冒険的なリスクテイクが起こりやすい。彼らは破綻のリスクを無視しているのではなく、確率の非常に小さい(が起こると破滅的な)tail riskを取ることが「攻めの経営」として評価されるのだ。

先日、著者と対談した(アゴラブックスから電子書籍として発売される)が、2000年代にヨーロッパやアメリカで起こって崩壊した不動産バブルの次は、日本の国債バブルだということで意見が一致した。このバブルはもう20年以上つづいており、規模も史上空前だ。銀行のトレーダーはサラリーマンなので、相場にさからって国債を売っても損するだけだが、何も考えないで国債を買っておけば、確実に1%近い利鞘が取れる。遠い将来にバブルが崩壊する可能性もあるが、そのとき彼はもう現場にいないだろう。だから彼が財政破綻というtail riskを取るのは合理的なのだ。

このような問題の根本にあるのは、国家財政というdeep pocketの存在である。いくら事前に「銀行が破綻しても救済しない」といっても、事後的には救済することが双方にとって利益になる時間非整合性があるので、政府のポケットが十分大きいかぎり、それを当てにする銀行のモラルハザードは防げない。

ただ財政破綻の場合は政府のポケットも破壊されるので救済もできず、経済全体が崩壊する。このため歴史上、財政破綻は多くの国家が没落する原因となった。日本がそうなる確率は小さくないが、当面は欧米の経済が悪いので資金が日本に集まっており、まだまだリスクテイクは続きそうだ――というのが著者の見通しである。