中身は論評するようなものではないが、この手の本としてはほどほどに客観的に書いている。特におもしろいのは、朝日新聞の安倍氏に対する異常なまでの敵意だ。若宮啓文論説主幹は「安倍氏をたたくのは朝日の社是」だと語ったそうだ。
これはまんざら誇張でもないだろう。今日の社説でも、朝日はこう書いている。
前回の首相在任中を思い出してほしい。5年前、慰安婦に対する強制性を否定した安倍氏の発言は、米下院や欧州議会による日本政府への謝罪要求決議につながった。靖国参拝をふくめ、「歴史」に真正面から向き合わず、戦前の反省がない。
最後の部分を読んで、笑ってしまった。「歴史」に真正面から向き合わないで、いまだに慰安婦問題の明白な誤報について訂正も謝罪もしてないのは、どこの新聞なのか。戦前に軍部の暴走をもっとも熱烈に支持したのが東京朝日だったことはよく知られた話だ。しかし彼らはこうした恥ずかしい歴史を語り継いでいないから、若い記者が慰安婦問題をめぐって「ふざけんな。出て来い!」などと橋下市長にからんでいる。
茂木健一郎氏も嘆いているように、天声人語の情緒的な安倍批判も目に余る。
▼とはいえ総裁に安倍晋三元首相が返り咲いたのは、どこか「なつメロ」を聴く思いがする。セピアがかった旋律だ。当初は劣勢と見られたが、尖閣諸島や竹島から吹くナショナリズムの風に、うまく乗ったようである。
この朝日新聞の安倍氏に対する激しい敵意は、どこから来るのだろうか。本書によると、護憲を社是とする朝日の方針に「戦後レジーム」を否定する安倍氏が真正面から挑戦しているからだという。これは常識的な見方だが、それだけではこのどす黒い情熱は説明がつかない。私は、朝日が代表しているのは団塊の世代のサンクコストではないかという気がする。
戦後すぐ教育を受けた朝日の幹部の世代にとって、平和憲法は絶対の善であり、社会主義は理想だった。日本は非武装中立から社会主義に向かって「進歩」することになっていた。しかしその後、彼らの嫌悪する資本主義がめざましい発展を実現する一方、社会主義は挫折し、冷戦の終了でその勝敗は明らかになった。
民主党の首脳のような団塊の世代には、学生運動で人生を棒に振った人も少なくない。彼らにとっては、「戦後民主主義」を否定することは自分の人生に意味がなかったと認めることになる。これは太平洋戦争の遺族が戦争を批判する「自虐史観」をきらうのと同じ心理である。サンクコストを守ることは将来の投資の役には立たないが、感情を安定させる役には立つ。
こうしたバイアスは暗黙知(システム1)に深く埋め込まれているので、論理で説得することはできず、世代交代するしかない。安倍氏は私と同じ世代なので、朝日が考えているような「右翼」ではなく、軍事が国家のコア機能だという常識的な考え方に回帰しているだけだと思う。その意味で、民主党から自民党への政権交代は、団塊の世代との決別という意味が大きいのではないか。
アゴラ読書塾「民主主義と日本人」では、戦後民主主義の教祖だった丸山眞男のテキストをもとに、こういう問題も考えたい。