Web メディアの明日、その条件を考える --- 藤村 厚夫

アゴラ編集部

デジタルメディアの近未来形が誕生した。
“クリエイターと読者をつなぐ”プラットフォーム指向のメディア。
そのめざすものとは何か?
cakes の向こうに見えてくる Web メディアの未来形。その条件を考察する。


これまで当ブログでは、デジタルメディアの新時代を感じさせるソーシャルメディア、モバイルアプリ、そして、新タイプの Web メディアの数々を取り扱ってきました。
ソーシャルメディア、そしてモバイルアプリが、メディア界の新たなトレンドを生み出していることに異を唱える向きはないでしょう。
しかし、すでに十数年の“歴史”を有する Web メディアの分野にも新鮮な息吹を感じさせるプレーヤーが台頭しています。

本稿では、この9月に誕生したばかりの Web メディアの新タイプ、「cakes」(運営=ピースオブケイク)を取り扱います。
注目すべきポイントは、その

  • コンセプト
  • 設計
  • 収益モデル

です。

あらかじめお断りすると、本稿では cakes に掲載される記事等の善し悪しを論評の対象としません。
それが、読者にとり最終的な、そして最重要な視点であることはもちろんですが、ここでは新たなメディアビジネスの可能性やヒントについて焦点を当てたいと思うからです。

「プラットフォーム」性を打ち出す
cakes は、そのキャッチコピーで「クリエイターと読者をつなぐサイト」をうたいます。
これが何を意味するのか。
雑誌にせよ Web メディアにせよ(新聞や放送などマスメディアを除き)、元来、どのようなコンテンツを、だれ(読者)に提示しようとするのかを明瞭にアピールするのがならわしです。
言い換えれば、メディアは多かれ少なかれターゲット性を意図します。
その点、cakes はメディアとしてのターゲット性ではなく、代わりに「クリエイターと読者をつなぐサイト」、言い換えれば、プラットフォーム志向を表明するのです。
これを裏づけるように、ピースオブケイクス代表 加藤貞顕氏自身が「何を載せてもいいと思っています。cakes 自体はコンテンツプラットフォームで、僕自身もいろんな人にコンテンツをそこに載せていただいてメディアを運営します」(「cakes(ケイクス)でコンテンツのネット購買をとことん考えた」)と語っています。

コンテンツのテーマ性、対象たる読者層(読者ターゲット)を打ち出すのではなく、プラットフォーム性を真っ先にアピールすることは、クリエイターと“つながりたい”志向を有する読者に対し、メディアの新鮮な特徴を打ち出すことになるのはもちろんですが、クリエイターらに cakes への参画をうながす、ある種のマーケティングメッセージを意味します。
実際、そのコンセプトに共鳴してか、cakes はなかなか粒のそろった執筆陣を揃えたと見ます。しかしこの点は、上記したように深入りせず、メディアの試み、その特徴をめぐって論を進めていきましょう。

ノイズフリーなメディア設計
「Web サイト」という形式にこだわった cakes の特徴は(この点は「Web に、超一流作家のコンテンツを出せる場所を─cakes代表・加藤貞顕氏インタビュー」参照)、読者にとっては、余分な要素を極力排除したシンプルなデザインに集約されます。
下図を参照下さい。cakes のサイトデザインは、大きく Top ページと記事ページの2つ。いずれにあっても、従来の Web サイトが抱え込んできた“余分な要素”、すなわち多種多様なナビゲーション(誘導)と、同じく多種多様な広告表示からの自由さが際立ちます。

コンテンツ群に対する目次の役割を果たす Top ページでは、矩形に統一されたコンテンツのサマリが、画像系の共有サービス Pinterest のようにタイル状に並び、Web ブラウザの画面幅に合わせて動的に並びかえられます。そこには、雑誌のように編集長やデザイナーらのコンテンツに対する思いを強弱やレイアウトで示すような恣意性は見えません。

[Cakes] Top ページ画面。左からPC、iPad、そしてiPhone


[Cakes] 記事画面。左からPC、iPad、そしてiPhone

Top ページにおいてコンテンツを選ぼうとする読者の視線を惑わせる唯一の要素は、面白そうなさまざまなコンテンツへの誘惑があるのみ。“目移りする”という読者にとり最も喜ばしい混乱の体験がそこに構造的に演出されているのです。

いったん、選択した記事ページへと移動すれば、目移りする要素はさらに排除されます。多種多様な広告、ナビゲーション要素の混載は、これまでに培われてきた Web メディアの“常識”であったとすると、cakes が実現した、コンテンツの閲読に専念できるノイズフリーなページデザインは、実は、非 Web 的メディア、たとえば、電子書籍のようなものが念頭にあって打ち出されたものかもしれません。

ある特定のコンテンツを選択しそれを閲読する体験について、cakes は大変に良くできています。が、それがひとりの優れたディレクターによるコンセプトにだけ依拠しているものでないことは、それがサイト開設以来の短い期間にあっても少しずつ修正が続いていることからも確認できます。

cakes は比較的ライトなコンテンツ(特に1本当たりの文字量など)を意図していることから、モバイルユーザーとの親和性がすぐに想像できます。
しかし、モバイルへの最適化表示についてはステップバイステップでの改善項目のようです。
開設当初はスマートフォンの Web ブラウザから記事を読むには、思いっきり拡大表示する等が必要でしたが、現在はあらかじめ最適に近い表示がなされています。
ただし、たとえば iPad での閲覧は PC サイトと同じ表示で供されています。米国では、メディア戦略を語る際には、「デジタルファースト」や「モバイルファースト」といった括りに止まらず、最近では「タブレットファースト」の語が目につくようになってきました。残念ながら、cakes ではそのスタンスは薄いように見えます。

前述の加藤氏が、

今後は間違いなく多くの人がスマートフォンも含めてタブレットを持つようになります。今の iPad などのフルサイズよりももう少し小さい、スマートフォンよりも大きいサイズのものが一般的になるんじゃないでしょうか。
(同上「Web に、超一流作家のコンテンツを出せる場所を─cakes代表・加藤貞顕氏インタビュー」)

と語っているところから、Kindle や iPad mini、そして一部の Android タブレットのように、7インチディスプレイをターゲットに最適化を図ってくることに期待したいと思います。

すべての可能性は、課金モデルが根幹に
メディアのビジネス、特にデジタルメディアの将来を考える人々にとり、cakes が感じさせる大いなる可能性と懸念は、広告収入モデルの廃棄と購読課金モデルが定着するか否かでしょう。

筆者(藤村)が当たり得た加藤氏をめぐる種々の記事では、広告収入モデルの廃棄を明言しているわけではないのですが、「(読むことに徹することができる)シンプルなサイトデザイン」という cakes の特徴は、この広告収入モデルとトレードオフの関係にあると想像します。

「プラットフォーム志向」もまた、定額課金(150円/週)を等しく個人から徴収し、一定の指標でクリエイターへと収入を分割還元していくモデルでクリエイターらの参画を促す方法論と緩やかに連結していることでしょう。
一般に Web サイトのビジネスでは、ユーザー数を増やす・閲覧記事数を増やすのが成功のための鉄則です。その指標のためには会員制や課金制がネガティブ要素になるため、なかなか読者を限定する手法が Web では根づかずにきました。
cakes では、この悩ましい点を、非購読会員でもサイトをアクセスし、記事を試し読みできる仕組みを可能な限り“自然”に感じるように実装しているように見えます。
また、クリエイターらが自らのコンテンツをソーシャル的にマーケティングしやすいように、時限的に無償公開できる仕組みなどにも工夫をしているとのことです(こちらの記事 → 参照)。

このように、cakes が打ち出した好ましい特徴の数々は、当然とはいえ、同サイトの収益モデルと不即不離の関係にあります。
ところで、この定額課金150円/週は、メディアにとりどのような意味があるでしょうか?

まずは1万人に早く到達したいです。今の収益配分のスキームを踏まえると、一定数の作家の方に、相応のお値段で仕事として依頼して遜色ない数字が成立するラインです。まずはこの1万人を当座の目標としています。
次の目標は10万人。この数字になると、上位の書き手は cakes への執筆だけで、かなりお金をもうけることができるようになります。10万到達くらいまでだと、いいコンテンツを作って集めるというのももちろんですが、出版社さんやいろんなメディアなどを含めてコンテンツのアグリゲーションをしていくのが軸でしょうか。オープンにしていくのは10万人を超えてからと見ています。
(同上「Web に、超一流作家のコンテンツを出せる場所を─cakes代表・加藤貞顕氏インタビュー」)

このように加藤氏が述べています。まずは1万人の購読者が誕生するかどうかがポイントです。
また、150円は最近の週刊誌(月額はそれを4倍したものに相当する)と比較して圧倒的に安価です。
ましてや、読者が好むかもしれない特色のある月刊誌群が1000円前後すると考えれば、これまた価格競争力はあるはずです。

たとえば、下記のような視点があります。

cakes の「週150円」というお値段は読者である我々にとって、非常に良心的な設定となっていると言えるだろう。その安さで非常に充実したコンテンツが揃っているのだから、損は感じられないはずだ。誰か注目する人がいるなら、その人の記事を読むだけでも満足できる。さらに他の人に目を向けていけばどんどんお得さが感じられる。
この良心的な価格設定は、有料コンテンツの入り口として最適なものであると考える。
(ブログ 乱れなよ、そして召されなよ「有料コンテンツプラットフォーム『cakes』を眺める」)

このブログエントリでは、課金の値段は“良心的な設定”“お得”と評価されています。著名なブロガーらがこぞって配信する各種メルマガコンテンツの課金額を考えても、やはり同じ結論に到達するというわけです。
ここにさらに、cakes 以外では読めないオリジナルコンテンツが読める、という材料が加われば“最強”となりそうです。

明日の Web メディア
ここで筆者の視点を差し挟んでおきます。

私たちは情報過剰な環境下にあります。今後も過剰供給は高まる一方でしょう。
そこで価値が高まるのは、品質や好みという観点でのノイズの抑制であり、絞り込みの方向でしょう。
そのような価値観からすれば、実は“いくら読んでも150円”との、聞き放題ならぬ“読み放題”型モデルに対してささやかな抵抗感が生じてくるところです。

「いや、それが雑誌というもの」との声が挙がりそうです。

けれど、筆者個人としては、そのような費用対効用的な観点で雑誌を購読することをずいぶん前に止めてしまいました。
読まなければという記事が1本でもあれば、雑誌を単発的に購読します。
が、そうでないなら、購読しません。いかに、それが高名な筆者らがひしめく媒体であったとしても。
また、購読するものは一定のテーマ性を満たすものなど、読みごたえあるものに絞ろうと心がけています。そのような方向に向かってノイズフリーであるなら購読意欲が喚起されるのです。

cakes に対して、批判がましく語ろうとする意図ではありません。
というのも、cakes は“読み放題”モデルによって、それぞれのコンテンツや執筆者の価値や特性を“等価”に見せてしまう傾向がある一方、読者が気に入った特定のコンテンツを継続的(連載として)に読ませる仕組みが意識されています。読者からすれば、cakes は自分好みに特化したシングルテーマのメディアと見なすこともできるよう意図しているようにも見えるからです。

最後に cakes が明示的に、あるいは、可能性として見せている可能性から啓発されて、 Web メディアの未来系、その条件を改めて整理してみます。筆者の希望も交えたものです。

  • 読者の集中を阻害するような広告/ナビゲーションを排したデザイン
  • PC から各種モバイルデバイスなど、さまざまなスクリーンサイズに最適化したデザイン
  • フォント種別やサイズ、カラーテーマなどを選択できるアプリ的な設計
  • さまざまなデバイスからアクセスしても、未読/既読/履歴を統合的に管理できるデバイス非依存性
  • 読者自身が意図していなかった新たな書き手、コンテンツとの出会いの仕組み化
  • 好みのコンテンツやクリエイターに閲読を集中できるパーソナライズ性
  • クリエイターが、自身の読者をターゲットとして会話を、必要に応じて実現する仕組み
  • 定額課金による“読み放題”か、電子書籍のように自由な値付けによる有料コンテンツの購読システム(記事コンテンツの“iTunes Store”化)

筆者がワクワク感をおぼえるこれらのポイントには、いずれ Web を通じて実現するだろう新たなデジタルメディアの姿が映し出されているように思います。
(藤村)

※読者からのご指摘で「月額定額課金150円」を「定額課金150円/週」と修正しました。失礼しました。

執筆に当たって参照した記事等:

編集部より:この記事は「BLOG ON DIGITAL MEDIA」2012年10月22日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった藤村厚夫氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はBLOG ON DIGITAL MEDIAをご覧ください。