「為替」の誤解 通貨から世界の真相が見える
著者:上野泰也
販売元:朝日新聞出版
(2012-09-07)
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★★★★☆
総選挙の争点は経済政策になりそうだ。野田首相がTPP参加を前面に出したのに対して、自民党の安倍総裁が「無制限の金融緩和」を言い出し、追加緩和の思わくで日経平均は9000円台に乗せて「安倍バブル」といわれ始めた。安倍氏も野党としては攻めなければらないが、TPPでは農協に遠慮して明快な路線を打ち出せないため、日銀バッシングに頼ったのだろう。
このように「**が悪い」とか「**の陰謀だ」といった話が流行するのは、世の中が行き詰まったときの特徴だが、著者はそういう短絡的な言説に根拠がないことを一つ一つ明らかにする。安倍氏は「日銀がどんどんお札を印刷すれば円安になる」というが、現在の為替相場を動かしているのは金利差である。ドル安の最大の原因はFRBのゼロ金利政策で、アメリカ経済がまだ金融危機の後遺症を脱却できない現状では利上げできる環境にはない。ユーロ危機も長期化しそうなので、円高(というよりドル安・ユーロ安)はしばらく続くだろう。
それは日本経済が信頼されているからではなく、世界の投資家が「リスクオフ」になっているだけで、むしろ円のリスクはユーロより大きいと著者はいう。EUの場合は、ギリシャがだめになってもドイツに資金が移動するので、ユーロ全体としての価値はそれほど急落しないが、日本の財政が破綻すると円がストレートに売られる。ECBのようにそれを救済する機関もないので、IMFの支援が必要になるかもしれない。
安倍氏は「日銀の独立性が強すぎるから政府の言うことをきかない」と攻撃しているが、その逆に日銀は政治に屈服して譲歩を重ねてきた、と本書は指摘する。日銀の金融政策の変更から追加緩和までのタイミングをみると、白川総裁になってから顕著に短くなっている。日銀は「緩和が足りない」と攻撃する政治家の圧力に弱くなっているのだ。それは「国債バブル」を膨張させ、日本経済の潜在的なリスクを高めている。
マーケットで20年以上の経験を積み重ねてきた著者は、政治が市場の短期的な動きに惑わされるなという。日本経済を悪化させたのは特定の「犯人」ではなく、労働人口の減少や生産性の低下などの複雑な問題だが、これに取り組むのは厄介で、社会保障の削減や増税は政治的に人気がない。それを避けてスケープゴートをつくる政治家が多いが、これは危機をかえって拡大する。今度の総選挙は、そういう悪質な政治家を見分けるチャンスである。