著者:津田大介
販売元:朝日新聞出版
(2012-11-13)
★★★☆☆
インターネットが発達すれば、議会などという非効率な制度は不要になり、すべての政治的問題がネットを通じた直接民主制で決まるようになる――20年前、J.P.バーロウを初めとするネチズンはこう主張したが、現実はまったくそうはならなかった。日本の政治は、ソーシャルメディアとは無関係にグダグダになる一方だ。何が間違っていたのだろうか。
根本的な問題は、ウェブが反映すべき民意が存在するのかということだ。経済学によれば、多くの人々の意思を合理的に(一貫して)集計することは不可能で、議会制度も合理的に動かないことが証明されている。日本の政治が混乱しているのは、著者の信じるように民意が正しく反映されないからではなく、存在しない民意を求めて果てしなく議論を続けているからなのだ。
議会が民意を代表するという代議制の原則は、マルクスが嘲笑したように本質と現象を取り違えた物神崇拝であり、ポストモダン風にいえば「現前性の神話」である。ウェブで集計した「一般意志2.0」が議会よりましだという保証もない。ニコニコ生放送で政治はコントロールできないし、すべきでもない。
著者はウェブが政治を動かした例として、官邸前で毎週おこなわれた反原発デモをあげているが、それは政治を正しい方向に動かしたのだろうか。再稼働に反対するだけの盲目的な運動は、55年体制の「何でも反対」に先祖返りし、日本をますます貧しくしただけだ。1億人の素人が、エネルギー問題を正しく理解しているはずがない。
近代社会の根本原則は、仕事を専門家にまかせる分業である。電車を乗客みんなで運転できないように、国民みんなで政治を動かしても正しい方向には動かないのだ。ただし「この電車は私の望む方向に走っていない」と思ったら降りる自由は必要なので、独裁制による都市国家が21世紀の国家モデルだろう。
問題は幅広い民意をウェブで反映することではなく、その逆だ。政治をみんなで考えるのをやめ、専門家が合理的な政策を独裁的に実行し、それがいやな人はexitするという統治機構のつくりかえが必要だ。そのためには本書のようなナイーブな民主制への幻想を捨てることが、日本の政治が立ち直るための第一歩だろう。