北京大学へ行ってきた --- 中村 伊知哉

アゴラ

最低の学食は、名古屋大学のミソカツ定食である。あんなマズいメシは日本ではお目にかかれない。おかげでヤミつきなって、名古屋に行くたび、寄ってしまう。

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で、いま北京大学におります。最高です、この学食。肉やら野菜やら卵やらがナマで並んでいて、指図すればそれをジャアジャアとデカい鍋で焼いてくれて。折しも北京は雪。近年に珍しい寒さとかで、熱いメシが効きます。いろんな国のいろんな大学の学食を荒らした身としては、同志社大学のザワついた学食に迫る、最高峰的な、いいかんじ。


北京大学は中国の学問の最高峰に位置します。そこでですね、日本のメディア政策、含む「ポップカルチャー」について3本講義せよという指令が来まして。外務省筋から。ただし2012年、尖閣に発する問題のため「行動を慎重に」との指令も来まして。だから、この2年、過ごしてきた「和服、着物ではダメだ」という命令も来ました。2年ぶりにスーツを着ることになりました。

体重は変わっていないのに和服暮らしだったせいか、気がつけばスーツがきつくなっていました。グルコサミン体操が効くそうです。誰かがそう言いました。ウソかもしれません。でもしばらくグルグルぐるぐるグルコサミンをやって、なんとかスーツで行きました。

講義は連続8時間。博士課程の学生、というか研究者20名。女子が8割。バックグラウンドは政治、法律、経済、経営、国際関係など。

前半、メディア政策について話しました。通信自由化、放送メディア開発、地域情報化、マルチメディア政策、NTT再編、地デジ整備、通信放送融合、インターネット政策、規制緩和、国際調整、技術開発、標準化、省庁再編、著作権制度、知財戦略、プライバシー、電子政府、教育情報化、電波開放、青少年保護、炎上対策、オープンデータ・・・日本ではこんなのやったことありません。いつになくマジメにやりました。

みな北京以外の、いわば田舎から上京した学生だといいます。おそらく地方で神童と呼ばれた人たちでしょう。超優秀な精鋭。中国の次世代を担われるんでしょう。

後半、コンテンツ政策を話そう。質問しました。
「日本のコンテンツで知ってるのは?」
それまで静かだった連中が一斉に声を上げ始めました。
ナルト、ブリーチ、ワンピース、デスノート、コナン、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ギンタマ、ハガレン……
なんや、お前らそっち系かい。なら話は簡単だ。後半はそっち系の話になりました。
もう一問。「一番有名な日本人は?」 議論の結果は、こうです。
1位 蒼井そら  2位 ドラえもん  3位 宮崎駿

ただ、そこは北京大の博士学生。政治的な話には敏感でした。「習近平政権の第一課題は?」と振ると、地域格差、経済格差に並び、党幹部の汚職問題が挙げられました。新政権になって摘発が相次いでいるが、尻尾切りだ。ポーズに過ぎない。落ち着いたら元の腐敗に戻るだろう。など厳しい指摘。結構あけすけなんです。

フリーディスカッションに移ると、質問が吹き出しました。タジタジでしたが、ぼくの即答も合わせてメモしておきます。

・政府に情報公開させる手法は?
 情報公開法など、制度で政府を規制し、国民に請求権を渡す手法が基本。ただ、最近のオープンデータ運動のように、政府や自治体と民間が連携して行動を促す方法もある。政府、官僚を督励し、成果を出した部門を高く評価する太陽政策だ。日本ではこちらのほうが効果的と考える。通信分野の規制緩和が進行した90年代後半は、政府の行動がプラスの評価を受けたことがエンジンとなった。

・NTT民営化・再編の経験は他産業にも波及しているのか?
 電電公社や国鉄の民営化は郵政事業はじめ他分野の民営化と競争促進の参考になった。ただし、技術進歩や競争環境によって適用可能性が異なることに注意を要する。原発問題を契機として電力の競争環境整備が課題となっているが、同じアナロジーが適用できるわけではない。

・教育情報化が論理的思考を奪う恐れはないか?
 紙をデジタルに置き換える、ペンをキーボードに置き換える、という考え方であれば、そのような恐れも想定し得る。だが、私たちのアプローチはアナログとデジタルの共存。リプレースではない。アジアでは特に「書く」文化と能力に重きを置くが、これは当面、不変。「書かせる」デバイスや授業も重要。アナログvsデジタルという問題ではなく、授業の内容の問題。デジタル技術を用いて映像の理解や表現にも力を入れるが、これも文字の論理や表現を映像に置き換えるのではなく、文字教育にアドオンするもの。

・自動翻訳技術は中国のプレゼンスを高めるか?
 2007年のTechnorati調査では、世界のブログで使われている言語は37%が日本語、36%が英語、そして8%が中国語だった。日本語が世界一だったのは若者のケータイによる情報発信。今回、北京を歩いてとても多くの人がスマホを使っているのを見た。いま計測すれば中国語が相当増えているのではないか。そして中国語で発信された情報が各国語に自動翻訳され流通する。間違いなくプレゼンスを高める。

・4Gネットワークの普及スピードをどう読むか?
 これまでの通信ネットワークの経緯を振り返れば、4Gも日本は相当速い速度で普及すると思われる。

・大学が新産業育成に果たす役割は?
 スタンフォード、ハーバード、MITのように、数々のIT企業やサービスを大学がプラットフォームになって生み出していったアメリカのような成果を日本は挙げることができていない。従来型の教育と研究だけでなく、社会経済のプラットフォーム、次世代産業の増殖炉として機能することが求められる。私も努力しているが、もはや日本の大学が日本人と日本企業を興すという考え方ではない。ぜひ北京大学のみなさんとも連携して何か生み出しましょう。

・著作権保護の強化は日本人の学習機会を奪っているのでは?
 あなたがたがアニメはじめ色んなコンテンツをフリーで使って学習しているのは知っている。日本はあなたがたより制約がある。だが私から見れば中国の保護は緩すぎる。日本の権利者からみれば問題も多い。著作権は権利者と利用者のインタフェースであり、その線引きの位置は国によって異なり、正解はない。ただ、コンテンツが国境を越えて流通する量が爆発的に増えるので、国際調整はいよいよ重要。あなたがたのようなリーダーにはしかと考えてもらいたい。

日本大使館はじめ現地に駐在するかたがたとも話しました。学生とも著作権論議になりましたが、コンテンツをフルに楽しむなら中国という状況は変わっていません。アメトークが全部ネットでタダで見られちゃうそうです。ぼくなんかアメトークのDVD全部持ってるんですけど。よしもとのドル箱もぎゃふんです。

中国では新政権が一足先に発足し、日本の新政権の出方を待っている状況。習近平政権は2020年までに所得を倍増する計画ですが、エネルギーや環境問題をどう並行してクリアするのか、それまでに一党独裁制がほころびすに済むのか、内なる悩みは深そうです。対外的な出方はまだ読めません。

2012年末の時点では、反日暴動は収まり、民衆は平静を取り戻しているものの、王府井の書店では1フロア日本のマンガが占めていた場所が撤去されたままであるなど、経済の関係は落ち込んだまま。政治的にもそんな状況なので、政府レベルでは手打ちには至らず、没交渉のままだそうです。日本の大使交代もあったばかりですしね。

帰国の翌日、日本は総選挙。新首相は対米、対中、どちらの関係も修復しなければいけませんが、まずどちらを先に訪問しますか。最初の課題です。いずれにしろ、中国との手打ちを急いでもらいたい。

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数年前に来た時と比べ、デジタルサイネージがかなり増えていました。探すまでもなく、あちこちにディスプレイが貼られています。天安門広場に巨大なLEDが2基置いてあり、国威発揚ビデオが流されていました。民衆のよりどころに、パブリックな情報を否応ない手法で共有させる。これぞ真のデジタルサイネージ。すごいなぁ。中国、成長していることを端的に示すなぁ。

と感心していたら、それらサイネージが尖閣問題のときに活躍したという話も聞きました。あちこちのサイネージがCCTV13chに切り替わり、尖閣問題を大々的に街に報じたんですと。サイネージを使って国民の注目を引き、扇動したんですね。でも中国のサイネージはまだ孤立型、スタンドアロンが主流のはず。どうやって映像を切り替えていったんだろう? –どうやらそうしたミッションを帯びた人が動き回って操作していった、というのが現地のかたの見立てです。藪の中です。

日本の業界は、サイネージを使って防災・緊急情報をユビキタスにどう届けるかを熱心に論じています。中国では国のプロパガンダを届ける手段として使っている模様です。サイネージ文化にも個性がありますね。勉強になりました。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2012年12月20日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。