危機は過ぎ去ったのか - 『ユーロ破綻』

池田 信夫

ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った (日経プレミアシリーズ)
著者:竹森 俊平
販売元:日本経済新聞出版社
(2012-10-10)
★★★★☆


昨年末から、ユーロが急ピッチで上がり始めている。12月初めに1ユーロ=107円前後だったのが、きょうは115円近くまで上がった。市場の見方では、暴落していたスペインやイタリアなどの国債をECBが「無制限に買い支える」と表明したためだそうだ。私もユーロを買い戻そうかと思ったが、本書を読んでやめた。その抱える問題は、金融支援で乗り超えられるほど簡単なものではない――というより悪魔的に複雑で、ユーロが今後も維持できるとはとても思えないからだ。

一般にはユーロ危機の発端はギリシャの財政危機だと思われているが、それは問題が表面化したきっかけにすぎない。その本質は域内の国際競争力の格差から生じた国際収支危機である。非常に複雑な話を思い切って単純化すると、それはこういうことだ:

ドイツなどヨーロッパ北部に比べて、PIIGS諸国のようなヨーロッパ南部は労働生産性が低く、変動相場制ならマルクに対してリラやドラクマなどが減価して国際競争力の差を為替レートで調整できた。ところが南部がユーロに入ったので、その資産価値が嵩上げされ、インフレが起こると同時に金利が上がった。このため北部の低金利で借りて南部の高利回りの証券や不動産を買うキャリートレードが大規模に発生した。

資本市場が発達して北部の優良企業は株式市場で資金が調達できるようになる一方、EU域内の為替リスクがなくなったため、融資先に困った北部の銀行は高い利鞘のとれる南部のあやしげな企業や不動産に資金を集中し、スペインなどで住宅バブルが発生した。それがギリシャ危機をきっかけに崩壊した結果、銀行を救済したPIIGS諸国の政府が莫大な政府債務を抱え、財政破綻に瀕している。

ここでユーロ圏は、次のような3つの問題のすべてを避けることはできないというトリレンマに逢着する(これは国際金融のトリレンマとして知られている問題の応用)。

  1. 北部が南部に補助金を出し続けて財政赤字を補填する。
  2. 共通通貨を廃止して変動相場制に戻る。
  3. 南部の産業が崩壊して北部への大量の移民が発生する。

実は主権国家の中でも、同様の問題が起こっている。100%市場メカニズムにまかせると、貧しい地方から豊かな都市への移民が大量発生する。それを防ぐには、都市から地方に補助金を出して人口集中を防ぐ(1を選ぶ)か、共通通貨を廃止して地方を変動相場制にする(2を選ぶ)しかない。1と2を防ぐには、地方交付税のような所得移転をやめる(3を選ぶ)しかない。

今のところユーロ圏は2と3を防いで1を選び、ECB経由で北部から南部に補助金を出し続けるトランスファー(所得移転)同盟への道を歩んでいるが、毎年数十兆円の補助金を負担するドイツはこれに抵抗している。

このようにユーロ危機は単なる金融危機ではなく、本質的な問題は南北の経済力の格差なので、解決はきわめて困難だ。EUはこの矛盾をドイツに押しつけようとしているが、ドイツは補助金を受けるPIIGS諸国に「構造改革」による歳出削減を強制している。その結果、ユーロ圏が「ドイツ帝国」に変貌しつつある。

このような歳出削減のデフレ効果がユーロ上昇の原因だとすると、それはとても回復の兆候とはいえない。今のところ各国はECBに従っているが、そのうち財政が破綻してECBが「無制限」にPIIGS諸国の国債を買い入れると、逆にハイパーインフレになるおそれもある。最終的にはおそらく上の2、すなわちユーロの解体しかないだろうというのが著者の見立てである。

なお細かい話だが、58ページ以下の「メロン財務長官の清算主義」という話は、歴史的には疑わしい。