床屋経済談義でよく出てくる話に「景気が悪いのは円高のせいだ」とか「円高になるのは日銀の量的緩和が足りないからだ」というのがあるが、これは本当だろうか?
まず円高かどうか。先週のニューズウィークでも書いたように、現在のドル/円レートは短期(金利平価)でみても長期(貿易財の購買力平価)でみても、円高とはいえない。実質実効為替レートでみても、「円安バブル」の前の2004年ごろに戻った程度だ。
ただし、これは対ドルの問題である。ドルとペッグしている新興国の国際競争力は相対的に上がっており、対アジアでは円が過大評価されている。特に韓国のウォンは、ここ5年で3割以上も暴落し、サムスンのスマートフォンの競争力は高まった。これは韓国政府がウォン安に誘導しているためで、こういう重商主義をやめさせるためには、日本も政府が為替に介入しないほうがいい。
もう一つは「日銀の量的緩和が足りないから円高になった」という話だが、何度も書いたようにこれは明白な嘘である。次の図のように日銀のマネタリーベースはGDP比で世界最大であり、増加率もほとんど変わらない。これ以上増やすと、金利が上がり始めたとき日銀が莫大なキャピタルロスを被って金融システムが危険にさらされ、財政破綻を誘発するおそれがある。
「リーマンショックの後、各国がマネタリーベースを増やして通貨安に誘導したのに、日銀の緩和が足りなかったから円高になった」というのも嘘である。欧米の中央銀行がマネタリーベースを増やしたのは銀行の資金繰り支援のためであり、日本は幸いその必要はなかった。また日本の政策金利は2008年以降ずっとゼロなので、マネタリーベースを増やしてもインフレにはならず、したがって円安にもならない。
要するに世界的なゼロ金利状況では、マネタリーベースと物価は無関係であり、したがって為替レートにも無関係なのだ。これはWoodfordなど世界の専門家が一致して指摘することだが、日本では竹中平蔵氏まで「日銀の緩和が足りないからデフレ・円高になる」という俗論を繰り返しているのは理解に苦しむ。