ノア・スミスの記事にひとことコメント。基本的に意見の相違はあまりないと思うが、リフレの肯定的な面にもふれておこう。
経済学者には常識だが世間の人があまり知らない話として、労働者はインフレで貧しくなるという事実がある。藤井聡氏などは「デフレで所得が減る」と錯覚しているが、これは逆だ。給料が同じならデフレで実質賃金は上がるのだ。逆にインフレになると実質賃金は下がるが、これによって企業収益は上がる。
要するにインフレによって労働者から企業への所得移転が起こるのだ。名目賃金を下げる労使交渉はきわめて困難だが、「インフレ税」がかかれば労働者の知らないうちに賃下げを実現できる。これが自然失業率の理論で明らかにされたインフレの最大のメリットである。
これは新興国との競争で日本の製造業が苦しんでいることを考えると、かなり重要だ。中国の単位労働コストは日本の半分といわれるので、インフレと円安で日本の実質賃金を半減させれば国際競争力の差は埋まる。逆にいうと、このように実質賃金が均等化するまで、単純労働の賃下げは止まらない。アメリカのように政府がそれを放置すると、国際競争力は保てるが所得格差が拡大する。
ただしインフレで賃下げができるのは、労働者が貨幣錯覚に陥っている場合だけだ。彼らがインフレに気づいて賃上げを要求すると労働需要が減り、70年代のようなスタグフレーションになってしまう。つまり麻生財務相のいうようにインフレで「景気の気」が改善するのは、労働者がだまされていることに気づくまでだけの短期的効果なのだ。
ノアと私が一致しているのは、ゆるやかなインフレが実現できればこうした調整がやりやすくなり、年金などの世代間格差も縮小するということだが、その効果も人々がインフレ予想を織り込んでしまうとなくなる。残るのは、労使交渉で物価連動賃金を要求できる正社員と、時給ベースの非正社員の格差が拡大する効果だけだろう。