日本は「リフレ」をすべきか? --- ノア・スミス(Noah Smith)

アゴラ

日本で「リフレ」とは「リフレーション」のことを指し、この国で数十年続くデフレに終止符を打つべく、金融政策担当者による(仮想の)ビッグ・プッシュ(民間に投資を即して経済成長させるための圧力をかける政策)を意味する。日本が「リフレ」をすべきか否かという問題は、日本のマクロ経済政策サイクルにおける最大の問題である。


さて私は、中央銀行のマクロ経済微調整力に関し、懐疑者としての公式見解を発表した。そこでは、膨張金融政策によって、非常に低い物価から問題となる程の高い物価にまで突然かつ予想不可能にインフレが進むという、「スナップアップ」という考えについて述べた。

また私は、現在の日本の「リフレニスト」陣営のヒーローである安倍晋三氏(総理大臣)が、自ら提案した極端な変更を最後まで本当にやり遂げようとしているのか、という点にも疑問を投げかけた

しかしながら、日本の政治家や政策担当者らがリフレに向け、進んでビッグ・プッシュに挑むのであれば、良い策なのではないか、と私は考える。その理由を、日本の経済ブログサイトアゴラに投稿した記事(日本語)で説明した。以下に紹介するものは、私の主な主張の英語訳である。

[T]he gains [of an attempt at reflation] seem disproportionate to the risks. Reflation has the potential to help Japan solve three of its biggest problems at once:

  • the slow economy
  • deflation
  • the huge national debt

Monetary easing will probably lower Japan’s unemployment a bit, and will also cause the yen to weaken, helping exporters. It will also erode the real value of the national debt, which at over 140% is the highest in the developed world.
The only risk, on the other hand, is hyperinflation. How much should we fear hyperinflation? In terms of its effect on the economy, it is very similar to a sovereign default, which Japan is headed for anyway if it does not get its deficit spending under control. Hyperinflation destroys savings and causes economic activity to grind to a temporary halt; it usually lasts for about a year, before the government is forced to implement harsh austerity. After the end of hyperinflation, economies often recover strongly as economic activity restarts.
In other words, hyperinflation is bad, but it is not the end of the world. Furthermore, it seems like an unlikely event. Hyperinflations are rare in history, and usually seem to coincide with severe disruptions to the real economy, such as wars.
So when contemplating reflation, we must balance the likely possibility of three very important gains against the unlikely possibility of one bad but not world-ending loss. To me, the risk seems to be one worth taking.

:和訳:

第一の理由は、利益がリスクと釣り合っていない、と思われるということである。リフレは日本が抱えている最重要問題のうちの3つ、つまり

  1. 景気低迷
  2. デフレ
  3. 莫大な国の借金

を一度に解決するのに役立つ可能性を秘めている。金融緩和を実施すれば、おそらく日本の失業率が少し下がり、また円が値下がりして輸出業者を助けることになるであろう。それはまた140%超で先進国世界中最高である国債の実質価値を減らすことにもなるだろう。

他方、唯一のリスクはハイパーインフレだ。我々はハイパーインフレをどの程度恐れるべきなのだろうか? 経済への影響という面では、それは国家債務不履行に非常によく似ているが、超過支出を制御しないかぎり日本はどのみちその方向に向かって進んで行く。ハイパーインフレは貯蓄を破壊し、経済活動の一時停止を引き起こす。それは政府が厳しい緊縮財政の実施を強いられるまでの約1年間、継続するだろう。ハイパーインフレが終わった後、経済は往々にして経済活動の再起動とともに強力に回復するのである。

言い換えるならば、ハイパーインフレは悪いものではあるが、それが世界の終わりというわけではない。しかも、それは起こりえない事態であるように思われる。ハイパーインフレは歴史上まれなものであり、通常は戦争など、実体経済への深刻な混乱と同時に起こるものだからだ。

だから、リフレについて熟慮するときには、三つのとても重要なものが得られるという起こりうる可能性と、一つの損失ではあるが、世界の終わりというほどではない損失だ、という起こりそうにない可能性との間でバランスをとる必要がある。そして、そのリスクは負うに値するものである、と思う。

アゴラを運営する日本の有名な経済ブロガーであり、ご親切にも私の記事を掲載してくださった池田信夫氏は反論を寄せた(日本語)。氏の主な反論の(大まかな)訳がこちら。

[Noah is espousing] the “burn it down and start over” theory I often hear these days; but would the damage [from hyperinflation] really be finished in just one year? The bad debt problem in the 90s lasted ten! And in 5 years, recovery from the American financial crisis has not yet been achieved; in fact, the effects have spread to Europe. A Japanese financial crisis would be even bigger, and I fear the Japanese economy would never be able to regain its footing.
As I showed in the hypothetical scenarios outlined in my book, the real danger of hyperinflation is not an economic collapse, but a financial one. If [nominal] interest rates soar [as they would in a hyperinflation], the national debt bubble will burst and most local banks will collapse…the crisis would be even longer-lasting than the one now facing Europe…
As Niall Ferguson (whom Noah dislikes) has pointed out, many civilizational collapses begin with a financial collapse.

:日本語:

これは最近よくいわれる焼け跡リセット論だが、その被害は1年ぐらいですむだろうか。90年代の不良債権問題は10年以上続いた。アメリカ発の金融危機は、5年たってもまだ回復できないばかりか、ヨーロッパに波及している。日本の財政危機はそれより大規模なので、二度と立ち直れないダメージを日本経済に与えるおそれが強い。

『もしフリ』でもシミュレーションしたように、ハイパーインフレの最大の弊害は財政破綻よりも金融破綻である。金利が数十%になると「国債バブル」が崩壊してほとんどの邦銀が破綻し、取り付けが起こるだろう。金融資産が蒸発して1000万円以上の預金はカットされ、今のヨーロッパよりもはるかに苛酷な金融危機が起こるだろう。

円安になると輸出産業は息を吹き返すが、彼らが原料にするエネルギーの価格は暴騰し、海外に保有する外貨建ての資産も大幅に減価するので、ネットの効果はマイナスである。ウォン安が社会不安を引き起こしている韓国のように、極端な通貨安とインフレは貧富の格差を拡大し、国民生活を荒廃させる。

インフレが数%ですむなら、「インフレ税」で世代間の不公平を是正するというノアの議論も成り立つが、70年代のように数十%になると経済が破壊される。それによって経済を「再起動」させるという効果も疑問だ。70年代には日本経済の潜在成長率が高かったのでダメージを乗り超えることができたが、高齢化した日本にその体力があるだろうか。

ノアのきらいなファーガソンが指摘するように、財政破綻をきっかけにして終わった文明は多い。国家が崩壊して戦争や革命が起こるからだ。今の日本には革命を起こすエネルギーも残っていないので、何もできないまま半永久的にマイナス成長が続くおそれが強い。そのリスクを国民が理解した上でギャンブルに打って出るなら、それも一つの選択肢だが。

基本的に池田氏は、例えハイパーインフレが起こりにくいとしても、ハイパーインフレはあまりにも悲惨なので、それが起こるどんな小さな可能性をも許してはいけないと主張する。

これに関して私には三つの考えがある。

  1. ニーアル・ファーガソン氏は経済の破綻が文明の衰退に先んずると言う。

    先行するものが原因とイコールにはならない。覚えておいてほしい。金融市場は前向き、そして文明の崩落が近づいてきているとしたら、もちろん人々は資産を売るだろう。だからと言ってハイパーインフレや債務不履行が文明崩壊の引き金になっていただろうとは言えない。もし金融危機が起こるたびに文明が崩落するのであれば、アメリカは1929年の後、ドイツは1920年の後、そしてスウェーデンは1992年の後に崩落していただろう。他の言い方をすれば、金融危機は、過去三つの文明衰退のうち10を予測した。

  2. 過去のハイパーインフレのリストを見ると、文明崩落の原因となった金融政策実験の例は一つも見当たらなかった。多くの例では、ハイパーインフレの後には健全への回復が続いた(ワイマール・ハイパーインフレ、ポーランドの共産主義体制の終わり)。また、ハイパーインフレの後には政治の激変が続くが、これらの激変は戦争や市民の不安と関係していたように思える(それが恐らくハイパーインフレの原因となった)。こういうわけで、日本の「リフレ」が日本の文明崩壊の原因となり得るという可能性は否定していない。私はただ、そういったことが起こればそれは何か新しい、そして前例のないことであると言っているだけだ。
  3. 池田氏は、1990年の日本の「バブル崩壊」と2008年のアメリカの金融危機に続いた長期低迷に触れた。しかしこれらにはハイパーインフレではなくデフレが関わっていることを思い出してもらうことが重要だ。二つは同じではない。実のところある重要な一面において、これらは相反する。デフレは借金を増やし、インフレは借金を返す。日本のハイパーインフレ(あるいは主権国家の債務不履行)は、日本国債や企業債務を消し去るだろう。債権を所有するお年寄りにかかる税金となるだろう。けれどもそれは、日本経済にのしかかる借金を取り除き、労働者や若者が将来得る収入を増やすだろう。日本の経済にとって悪いことではなく、良いことかもしれない。

そういうわけで、日本のハイパーインフレの主なリスクは政治的なものであるように思える。もしハイパーインフレが革命を引き起こし現体制の崩落につながるとすれば、勢力の劣る日本の体制が取って変わるかもしれない。独裁者かもしれない。私もそれについて大きなリスクであることは同感だ。

というわけで、私は「リフレ」に関してはどっちつかずの立場のままでいるが、試す価値はあるとは思っている。ハイパーインフレは起こりにくいと思う(が、確実なことはわからない)。歴史的事実に基づけば、ハイパーインフレの経済的リスクは特別に大きなものであるとは思わないが、政治的なリスクは大きいのかもしれない。そしてそれが「リフレ」を避ける十分な理由になっている可能性はあるが確かなことは言えない。それでも私はリフレのほうに傾いている。

いずれにせよ、私が述べたように、安倍晋三氏がリフレに向けて真剣なプッシュ(政策)を実行に移す可能性はなさそうだ。だとすれば、この問題は、十中八九、架空のものにしか過ぎないのだが……。


編集部より:この記事「Should Japan “reflate”?」はノア・スミス氏のブログ「Noahpinion」2012年12月30日のエントリーより和訳して転載させていただきました。快く転載を許可してくださったノア・スミス氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は、同氏のブログをご覧ください。