内田樹氏とライフネット生命 新卒採用に関する2つの問題提起は雲泥の差

常見 陽平

就活シーズンだ。街にリクルートスーツの若者が増えてきた。新卒採用に関する2つの問題提起を取り上げる。内田樹氏の「就活批判」インタビューと、ライフネット生命が発表した新卒採用アンケートだ。ともに就活や新卒一括採用に関する問題提起である。まあ、そもそも性質が違うのだが、最初に結論を言ってしまうと、前者は残念で、後者は具体的かつ建設的だった。


内田氏のインタビューは、あたたかさが感じられ、胸を打つもので、彼のファンだけでなく、広く支持されたのだろう。そこが彼の支持されていることだろう。書籍を精力的に発表したり、ブログを書き続けており、その点はリスペクトする。

ただ、あくまでこの論について意見を言わせて頂くが、私に言わせると申し訳ないのだが、08年後半くらいから12年半ばくらいまでに連発された、よくある「知識人(と言われる人)による、わかっていない就活批判」そのものである。こういう話は一見すると若者の味方のようで、何の救いにもならない。

「インタビュー」なので、彼の真意を完全に表現しているかどうかはわからない。すべての発言をフォローしているわけでもない。原稿確認ができないことすらある。まあ、中にはインタビュアーの原稿を全部書きなおす、ひどい人もいるのだが。その前提で書く。

前置きが長くなったが、私が気になったのは、大きく2点だ。
1.事実誤認、誇張、根拠のない話に満ちていること
2.弱者を救いそうで救わない、強者の論理を弱者に提示していること

人事に少しでも関わったことがある人、雇用・労働系のデータをウォッチしている人にとっては、どこから突っ込んでいいのかわからないくらい、事実とずれたことが並べられている。

冒頭から「何十社、何百社とエントリーする」などとあるが、まず、これは違う。就職ナビによる採用の時代となり、エントリー数などが肥大化したのは事実だが、さすがにこれは誇張だ。

誰でもわかるが、何百社もエントリーしない。何十社というのもやや誇張だ。そして、これは「プレエントリー」であって、「エントリー」ではない。「2013年卒 マイナビ学生就職モニター調査 4 月 の 活 動 状 況」によると、2013年卒の学生が大学3年の3月末時点でプレエントリーした数は62.7社であり、そのうちの39.8社は最初の月にプレエントリーしたものだ。就職ナビがオープンした際に知っている企業を中心にポチポチと押していったものだと想像される。実際、エントリーシートを書いた数は、同調査によると大学3年の3月時点で5.6社だ。学生にとって就活が、企業にとっては採用が肥大化しているのは事実であり、その背景には就職ナビによる採用の時代になったこと、学生の数が増えたことなどがあげられるが、内田樹氏が言うほどには膨張していない。

また、若者が無欲であることについて述べているが、まったくエビデンスが無いので何を言っているのかわからない。「無欲」の根拠と背景について教えて頂きたい。当たり前だが「無欲」なのと、「お金がなくて消費できない」のはまったく違う。言うまでもないが、若者にもいろいろいる。それこそ、先月発表した『「意識高い系」という病』で描いたような、「グローバル人材(笑)」を目指す「意識高い学生(笑)」だっているわけだ(なお、本書では茂木健一郎氏の就活批判も10数ページかけて批判しているので興味のある方は手をとって頂きたい)。

さらりと「就活をしない若者が増えている」と言っているが、その根拠は何だろう?たしかに、リクルートの大卒求人倍率調査や、厚労省と文科省が共同で発表する内定率の調査でも就職希望者の減少は話題になった。ただ、私がキャリアセンターなどにヒアリングしたところ、多くは「不景気になると公務員志望者が増える」というわかりやすい結果からである。

中小企業や農業に注目しろ、大手礼賛はおかしいというような論が展開されているが、就職情報産業はお金で動いており、その手の企業の求人が載らないこと、載っても埋もれてしまうことは長年の課題だ。公共事業などで中堅・中小企業などへの就職を支援するものはあるが、どれもが成功しているわけでもない。ブラック企業に若者を押し込む支援という批判も根強い。定着はさらに問題だ。

なお、若者は実際には、大手企業以外を受け、働いている。日本の多くの人は中堅・中小企業で「働かざるを得ない」のだ。

若者が大企業を志向することについての批判があり、私も大企業がすべてだとは思わないが、最初は大企業しか認知できない構造、中堅・中小企業との格差を考えるとそれを悪だと言えるだろうか。

全体を通じて、キャリア形成に関するご高説が述べられているが、これは弱者を救済するものではなく、強者の論理だ。私は既卒者の就労支援、フリーターの正社員化支援のボランティアなどもしているが、一番の課題は、彼ら彼女たちが就職活動を続けられないこと(続けないこと)だったりする。

様々な「陰謀論」が述べられているが、論拠は何だろう?

最後はご自身の体験が述べられているのだが、そもそもあの時代、学生運動に参加したのは同時代のごく少数派だ。また、「それは内田樹だからでしょ?」というツッコミをせざるを得ない。この「それは内田樹だからでしょ?」というのはこれだけに限らない。来週出る『自由な働き方をつくる』(日本実業出版社)でも、彼の評価経済論を批判しているので、興味のある方はご覧頂きたい。

彼に対するよくある批判ではあるが、とても少ないサンプルをもとに論じているなと感じた次第だ。

そういえば先日、『闇金ウシジマ君』の帯を内田樹氏が書いていたのだが・・・。やっぱりサンプル数1つくらいで世の中を論じてないかと不安になった次第だ。

若者の味方を装いつつ、強者の論理だなと思った次第である。こういうもっともらしい温かい意見は誰も救わない。

まったく種類は異なるのだが、内田氏の問題提起とくらべて、極めてまともな問題提起だと感じたのは、ライフネット生命が発表した新卒採用に関する調査だ。

新卒採用関係者の意識調査

就活、新卒一括採用でよく問題になることについて、データで論じている。

倫理憲章で推進の『既卒者の新卒扱い採用』実施は52.2%、昨年比では7.1ポイント増
一方で、「倫理憲章を知らない」採用関係者が1割半
情報公開において「過去の採用実績」「採用フロー」公開は半数以下、「平均残業時間」や「有給休暇の取得率」公開は3割
6割半が「ミスマッチに悩んでいる」、「自社の採用方法が合理的でない」4割弱
などなど、問題が数字で語られている。

「秋卒業より春卒業が有利」42.7%
「キラキラネームより古風な名前が有利」は14.5%
など、就活に関する都市伝説についても触れられている。

いくつかの質問の結果は、同様の他団体の調査と大きく違っていて(たとえば既卒者の受け入れなど)、サンプルの業種や規模の分布などより詳しく知りたかったところだったが。また、ややレポートが煽り気味だったことも気になったのだが。

ライフネット生命は、出口社長を中心に、日本の新卒採用について強い問題意識をもっており30歳までの既卒者を新卒採用の対象とする、できるだけ学業を阻害しないスケジュールにしないなどのトライをして注目を集めている(まあ、採用人数が少ないからできる部分もあるのだが)。

具体的な問題提起だと感じた次第である。

もちろん、内田氏のインタビューと、このような調査は性質がまったく違うものなのだが。同じ、新卒採用の問題提起として、後者の方に圧倒的に共感した次第だ。

問題は具体的に把握しないといけない。そして、冷たい数字が人に訴えかけることもあるのだ。ちゃんと事実とデータを見た議論をしなければと思った次第だ、うむ。

就活の栞