新しい時代の古くさい革命論 - 『コモンウェルス』

池田 信夫

コモンウェルス(上)―<帝国>を超える革命論 (NHKブックス No.1199)
著者:アントニオ・ネグリ マイケル・ハート
販売元:NHK出版
(2012-12-22)
★★☆☆☆


著者の<帝国>は、9・11の直前に出版されてその後の世界史を予言した本として、世界的なベストセラーになったが、その続編『マルチチュード』は同じ著者が書いたとは思えないほどの駄作だった。本書の内容はこの続編の繰り返しで、前著を読んだ人が読む価値はない。

本書が新たに提起しているのは、資本主義に対抗する<共>(the common)の概念だが、これ自体はマルクスも言っていた話だ。「社会的生産と私的所有の矛盾が資本主義を破壊する」というのは『資本論』でも予告していたストーリーで、その矛盾が今日ではインターネットやオープンソースで顕在化している、という話も今や陳腐といってもいい。

「知的財産権」という概念は名辞矛盾であり、知識は広く共有されることで価値を生み出す。18世紀において財産権は国家から個人を守る自由権だったが、21世紀の「知財」は情報独占を正当化する欺瞞である。21世紀の資本主義において社会的に共有される(マルクスのいう)一般的知性がますます重要になる――という著者の指摘には経済学者も同意するだろう。

問題は、その先である。Boldrin-Levineは知的財産権を廃止して契約ベースの財産権システムを再構築することを提案するが、本書は「大衆蜂起」を漠然と繰り返すだけで、出てくるのは「共同で生産したほうが効率的な場合もある」というBenklerの凡庸な話ぐらいだ。本書の原著はPDFで全文が公開されているが、すべての出版物が<共>になったら作家はどうやって生活するのか。

グローバル資本主義が主権国家を無力化し、世界が国境のない<帝国>になりつつあるという指摘も、最初の本の繰り返しで、その先に生まれる「マルチチュード」にもまったく具体性がない。辛うじて新しいのは「ジャスミン革命」のような途上国の「代表制なき民主主義」に期待していることぐらいだが、そんな戦術は先進国では反原発デモのような笑い話にしかならない。

近代の財産権システムが大きな矛盾をはらんでおり、その先に情報共有による新しい社会を展望するという基本コンセプトはいいのだが、著者が情報技術に無知(というか無関心)で観念的な「革命論」を繰り返すだけなので、まるで説得力がない。ネグリももう80歳だから、次世代の左翼から資本主義を乗り超える新しいアイディアを期待したい。

*アマゾンの著者名にはハートが抜けている。