「通貨安競争」の幻想

池田 信夫

G7の共同声明が日本政府の円安誘導を容認したとか牽制したとか話題になっているが、そもそも政府が為替を操作できるのだろうか。


マネタリーベース(緑)と為替レート(赤)の変化率


上の図は日銀のマネタリーベースとドル/円レートの変化率を比べたものだが、ほとんど逆相関になっている。リフレ派は「2006年に日銀が量的緩和をやめたからデフレから脱却できなかった」というが、2006~7年に1ドル=120円以上になった円安は、日銀が量的緩和をやめたあと起こっているのだ。

最近の円高も、日銀が2011年から「包括緩和」をしているにもかかわらず起こっている。ここからいえることは、マネタリーベースと為替レートは無関係だということである。これは理論的にも当然だ。ゼロ金利ではマネタリーベースを増やしてもマネーストックが増えず、インフレにならないから通貨価値も変わらないのである。

ではここ数ヶ月の円安は何で説明できるのだろうか。それは多くの為替トレーダーのいうように、相場観の変化である。特にユーロの崩壊を恐れてリスクオフになっていた資金が、2012年なかばからヨーロッパに戻り始めた。そこに安倍総裁の口先介入が加わって、円の先安感が出たのだ。この間、マネタリーベースはほとんど増えていない。

では相場観は何で決まるのだろうか。トレーダーの気分である。合理的な理由はない。相場が合理的に動いていたら、経済学者はみんな大富豪になれるだろう。「金融工学」なるものがいかに当てにならないかは、2008年にわかったはずだ。要するに、安倍首相の発言を材料にして相場がはやしているだけなのだ。

日本政府の首脳の発言が円安を誘発しているのは事実だが、彼らが何をいおうとマーケットが材料にしなければ相場は動かない。かつて日本政府は「円高は行き過ぎだ」と言い続けたが、マーケットは相手にしなかった。今は相場の流れに乗っているから材料になるのだ。

したがって日本政府が「円安誘導はしていない」というのは嘘だが、海外の中銀などが「日本は意図的な円安政策をとっている」というのも嘘である。よくも悪くも、日本政府にそんな能力はない。彼らが思いつきでいっている発言が、たまたま相場の流れに乗っているだけだ。

このままだと1ドル=100円を抜くのは時間の問題だと思うが、そうなってから安倍首相が「円安は行き過ぎだ」と発言しても、マーケットは相手にしないだろう。1日5兆ドルが動く外為市場で、数百億ドルしか介入できない日本政府のできることは、相場の話題をつくることぐらいしかないのだ。

追記:正確にいうと、ドル/円レートに対応するのは両国のマネタリーベース比率だが、そのソロスチャートを見ても相関はない。