国のBS論争 ― 国は1500兆円以上の債務超過か ―

小黒 一正

今月上旬、財務省は「国債残高が10年後の2022年度末に1000兆円を超える」という試算を公表した。しかし、国債はその性質上、容易に把握可能な債務であり、政府債務の一部に過ぎない。政府が抱える債務を的確に把握するには、「バランスシート」によって、政府がもつ資産や負債を根こそぎ洗い出し、網羅的に把握する枠組みが必要である。

そこで、政府は2000年から、財政状況等に関する情報開示と説明責任の充実等を図るため、「国のバランスシート」を作成・公表しているが、従来からその内容が不十分との指摘も多い。このため、最近では、以下のような動きが出てきている模様である。

国の会計、民間並みに 民主が法案提出へ(日経新聞・電子版2013年3月10日から抜粋)
民主党は国の会計制度を民間企業並みに改める法案を今国会に提出する方針だ。いまは手元にある現金の増減に着目する「単式簿記・現金主義」を採用しているが、国の資産や負債の把握が不十分との指摘がある。民間企業が使っている「複式簿記・発生主義」に基づく仕組みに見直し、財政状況をわかりやすくするのが柱だ。


このような動きは重要であるが、以前の コラム「政府BS論争 ―「暗黙の債務」が最も重要 ―」でも説明したように、社会保障(年金・医療・介護)の暗黙の債務がいまはどの程度の規模なのか、試算・公表することが最も重要である。

まず、2011年度の「国のバランスシート」は、以下の図表のようになっている。

図表のバランスシートの資産は628.9兆円、負債は1088.2兆円であり、その差額である資産・負債差額は△459.3兆円もの「債務超過」となっている。これが民間企業であれば、通常、債務超過となった段階で倒産してしまうケースも多い。しかし、債務超過でも国が破綻しないのは、政府は国民から強制的に税を徴収できる権限、つまり「課税権」をもつからである。

増税などによって財政再建を行い、財政を持続可能な形にすれば国は破綻しない。その場合、GDPを500兆円とすると、対GDP比で約90%の債務超過を、引退世代・現役世代・将来世代との間で、どのように負担・償却していくかという議論のみが重要となる。

だが、政府のバランスシートには計上されていない巨額な債務があると、債務の償却にあたって若い世代や将来世代に押し付ける負担を過小評価してしまうリスクが高まり、若干事情が異なってくる

計上されていない債務には、仮に首都直下地震が起こった場合の財政支出といった予期せぬ債務(偶発債務)も含まれるが、この視点で重要なのは、社会保障(年金・医療・介護)が抱える「暗黙の債務」である(注:「暗黙の債務」の詳細は、拙著『2020年、日本が破綻する日』日経プレミアシリーズを参照)。

では、これら債務の規模がどれくらいかというと、一部の専門家は、対GDP比で、年金の債務が約150%、医療・介護が約80%で、合計で約230%と推計している。つまり、これら債務は、GDPを500兆円として、年金が750兆円、医療・介護が400兆円で、合計1150兆円となり、この債務についても、引退世代・現役世代・将来世代との間で償却していく必要がある。

その際、社会保障が抱える債務の全部または一部を「国のバランスシート」に計上するか否かを巡る論争は存在するが、もし社会保障の暗黙の債務1150兆円を計上すると、国は459.3兆円の債務超過でなく、対GDP比で約300%以上にも達する約1609兆円(=見かけ上の債務超過459兆円+暗黙の債務1150兆円)の債務超過に陥っていることを意味する。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)