金正恩が亡命する日

石田 雅彦

東西冷戦構造が最後に残した「化石」が朝鮮半島です。かつて西側と東側はベルリンの壁や38度線をはさんで対峙していました。しかし、すでにベルリンの壁はなく、ロシアも民主化し、中国も「経済の民主化」により世界第二位の大国にまでのし上がっています。こうした冷戦構造の残滓が北朝鮮であり、南北の分断国家です。北朝鮮の非道ぶりを別にして極端なことを言えば、世界中がこの分断国家について「責任」や「後ろめたさ」を持っている。だから、これまで北朝鮮に手を焼きつつも、食糧援助などで体制延命を手助けしてきたわけです。


アノニマスは北朝鮮の朝鮮労働党の「反帝民主民族戦線」と金日成放送のホームページ「わが民族講堂」をハッキングし、金正恩の顔に猪八戒を合成した写真に張り替えた。


しかし、その北朝鮮が世界を敵に回して過激な挑発行動を続けています。金体制三代では朝鮮戦争を引き起こし、他国民の拉致や大規模テロなどを敢行し、核開発と核武装をちらつかせ、核を含めた軍事的攻撃の可能性を隠そうともしていません。これは、冷戦構造が終わって20年以上が経ち、リーマンショック後の世界的な経済危機も影響し、周辺各国が政治的にも経済的にも北朝鮮の体制維持に手を貸すほど余裕がなくなってきたことも大きい。北朝鮮の背後には中国がいたわけですが、現状、愛想づかしをした感もあり、米国はそんな中国をせっついて「なんとかしろ」と言っています。

韓国を含めた周辺各国の思惑としては、北朝鮮が内部崩壊し、金体制が代わり、過激なテロ国家ではないキューバのようなわりと穏やかな体制へ移行し、南北の分断を固定化したい、というのが本音でしょう。韓国は北朝鮮の停滞ぶり窮乏ぶりをよく知っているので、そんな国と「統一」したいなどとは思っていない。キューバにしてもフェデル・カストロが亡くなれば、ゆっくりと資本主義体制へ移行し、カリブ海は「安定」する、と米国が読んでいる節があります。北朝鮮について言えば、ジワジワと経済制裁で締め上げ、国内を混乱させずに金体制だけが崩壊して欲しい、というわけです。

あの国は社会主義国家でありながら世襲制というわけのわからない体制になっています。「抗日の英雄」というイメージは旧ソ連がデッチ上げたウソという説もある一代目の金日成。その後を継いだ二代目の金正日は、父親のイメージを世襲するため、拉致事件やラングーン爆破事件、大韓航空爆破事件といったテロで箔をつけました。

しかし、三代目はまだ確固たるイメージがなく、国民と軍部に自分の強面ぶりを摺り込むために過激な挑発を繰り広げているんでしょう。金正恩は、挑発的言動で世界中を恫喝しつつ、中国から援助を強請り取り、さらに米国からは体制維持の言辞を取る、という戦術を敢行しています。しかし、仮に実行すれば金体制の崩壊につながり、実際に攻撃などできないのは周知の事実です。中距離ミサイルの「ムスダン」を誰もいない海へ発射してお茶を濁すのがせいぜいでしょうし、実際に発射できるかどうか疑問です。

周辺各国は金正恩がいったい何を欲しがっているか、よくわかっています。援助と体制維持の保証です。しかし、これはヤクザの恐喝みたいなもんでキリがない。一方、オバマ政権にしてもリスクを冒してまで辺境で軍事行動を起こす気は低いようですし、中国や韓国、ロシアも難民の流入を恐れ、北朝鮮国内の混乱は避けたいと考えているでしょう。金正恩は関係各国の思惑を見抜き、過激な挑発を止めません。

こうした北朝鮮の言動については世界中がイラついています。ハッカー集団、anonymousまでもが業を煮やし、北朝鮮と金正恩に対してサイバー攻撃を行う始末。携帯端末を含めたネットが普及していない北朝鮮で、SNSなどで民衆を動かした「アラブの春」の再現にはならないと思いますが、政府のサイトを乗っ取るくらいは赤子の手を捻るより簡単なことを実証しました。


アノニマスはYouTube上に北朝鮮とのサイバー戦争を宣言した。アノニマスの象徴「ガイ・フォークス」の仮面をかぶった男が「北朝鮮は核実験などの挑発をやめるべきだ。金正恩も直ちに退け」と言っている。

金正恩の子供じみた言動の背景を考えれば、経済制裁の効果がジワジワと効き始めている、という見立もできます。では、今後、北朝鮮と朝鮮半島はどうなるんでしょうか。これにはやはり軍部の動きが重要になってくると思います。外圧が効かないのなら内部からの改革を期待したい。2011年12月に金正日が急死し、三代目に体制が代わってまだ1年半も経っていません。「先軍政治」による軍への懐柔、粛清と弾圧の恐怖政治で朝鮮人民軍を支配してきた金正日ですが、こうしたテクニックを息子に継承できたかどうか疑問です。

世襲をキッカケに若く頼りない親分を取っ替えて組織を乗っ取る、というのはよくある話です。軍事クーデターを起こし、金一族や軍の強硬派である金格植らを中国あたりへ追い出し、ミャンマーのような集団多頭制の軍事政権を樹立する。そして次第に民主化へ移行し、経済援助で南北の経済格差が縮まる時期まで待って統一する、というのが望ましい形です。中国が彼らの亡命を受け入れるかかどうか不明ですし、そうした遠い将来に朝鮮半島に対してどういう態度を示すかわかりませんが、いずれにせよ金体制では民主化は難しい。民主化が進まなければ経済的な立て直しもできません。

ラングーン爆破事件や領空上で爆破騒ぎを起こした大韓航空爆破事件で険悪になっていたミャンマーは、すでに北朝鮮と国交を回復しています。同じように中国と国境を接し、それでも独自の路線をたどってきたミャンマーの改革を参考にし、マインドコントロールから脱して北朝鮮軍部は決断すべきです。軍部は飢餓に苦しんでいる国民に見て見ぬ振りをするのか。ハッカー攻撃を含めた世界情報を得ることができ、力での制圧ができる軍部の中に、果たして金体制批判派が生まれているかどうか、今後の北朝鮮についてはこのあたりに注目していきたいと思います。