伊丹市長選、宝塚市長選で維新が連敗したことはほぼ予想通りの結果です。地元にいれば、維新への期待感がどんどん薄れてきていることを肌に感じます。いったい日本維新の会と自民党との違いがどこにあるのかもよくわからないという人も多くなってきています。
その原因はふたつだと感じます。ひとつは焦点を絞りきれておらず、自ら自民党との違いを曖昧にしてしまっていることです。立ち位置がよくわからなくなってしまったことと、もうひとつは大阪以外は、橋下市長人気によって、ふわっとした人気で支えられているに過ぎず、そこから一歩を進め、地元密着型で固めるための活動をやっているようには感じられないことです。地方分権型の政党としてはまずいことです。
焦点が絞られていないといえば、安倍内閣の政策を支持していることが維新の主張をわかりにくくしているのでしょうが、それよりももっと自民党とのスタンスの違いを鮮明にできたはずの改憲論も、石原代表の自虐的で、時代錯誤の改憲論で主張がぼやけてしまいました。
: 加齢臭が漂う日本維新の会の綱領 – 大西 宏のマーケティング・エッセンス :
それが、維新の改憲論のアキレス腱となり、維新への支持に冷水を浴びせかけ、維新の会への警戒感を生んだのでしょう。石原前都知事の朝日新聞のインタビューでの、「軍事国家」をめざし、「核武装」で日本の真の独立と存在感や影響力を高めようという発想は、まるで北朝鮮が行なっている戦略とそっくりです。国際社会のコンセンサスも、国内のコンセンサスを得ることもありえず、非現実的です。むしろ日本が孤立化していく危うさを感じます。
日本は周辺諸国に領土を奪われ、国民を奪われ、核兵器で恫喝(どうかつ)されている。こんな国は日本だけだが、国民にそういう感覚がない。日本は強力な軍事国家、技術国家になるべきだ。国家の発言力をバックアップするのは軍事力であり経済力だ。経済を蘇生させるには防衛産業は一番いい。核武装を議論することもこれからの選択肢だ
その発言に揺れた影響なのか、なにを目指した改憲論争かということよりも、とりあえず改憲条件を緩和するという憲法96条改正で入り口をつくることの主張ばかりが目立ってしまいました。
目的を明確にする必要があるという民主党の細野さんに、いったい憲法改正には反対なのかと迫っていたのですが、それでは議論になりません。改憲の入り口論だけでは、エッジの効いた改憲の必然性が伝わってきません。改憲への動きも、もっていきようによっては、民主党を分解させ、飲み込む可能性を持っていると思うだけに残念なことです。
橋下市長が昨日のツイッターで語っているように、もっと改憲の目的を明確にしてきたのであれば、明治以降の官僚支配体制、中央集権制度の限界に焦点をあてた論争ができたはずです。今からでも遅くないので、アキレス腱となる石原前知事をには引退してもらったほうがいいのですが、なかなかそうはいかないところが苦しいところでしょう。
また選挙制度改革でも、自民党へのつっこみどころはあり、とくに一票が限りなく重い鳥取を地盤としている石破幹事長をつつくこともできるはずです。
こういった主張が伝わってこないのは、橋下市長はマスコミの問題としているようですが、維新の会内部、また活動のあり方にも原因していることだと強く感じます。民主党とやりあっている場合ではないのです。
もうひとつの維新の会の課題はエリア戦略をどう進めるか、もともとは軍事戦略であり、マーケティングでは常識となっているランチェスター戦略をどのように展開するかです。拠点となる地域のターゲットを絞り、切り崩し、自らの勢力基盤をひとつひとつ広げていくことです。今は大阪以外は根無し草で、伊丹、宝塚両市長選はその弱さを感じませました。
全国に維新の会に共感する支持者が広くまた浅く分散しているというのは極めて不安定です。世論の風向きひとつで支持率が大きく変わり、またそれはマスコミの取り上げ方ひとつで影響を受けやすい状態です。組織票ではなく、地域票を固めていくことが、維新の会らしさにもつながってくるはずです。
でなければ、玉虫色で、TPP賛成から反対まで広く民意を吸収し、最後は党内決着で決めるという自民党のリーダー戦略には届きません。
民主党が崩壊していく速度は早く、健全な野党を形成し、緊張感のある政治と国民の意見によって政策が決まる政治の実現のためにも、維新の会が背負っている責任は重いのですが、そのためにも、日本維新の会を結成した混乱からはやく抜け出し、自らの戦略を固めてもらいたいと痛感する次第です。まずは混乱の元凶となっている内部の雑音を取り除くことが次の一歩を進めることになってくるのではないかと感じます。