99円の電子書籍が日本を席巻することは避けられない

新 清士

先日の対談イベントで、cakesの加藤貞顕氏が、指摘していたことで、ネット上で文字を販売する上で、大きな課題を指摘していた。電子書籍の100円を基準にした安売り時代の到来だ。そうした時代が来ることはほぼ間違いない、それはすでにアメリカで起きている現象だからだ。実際、私自身も採算を度外視して、すでに荷担している。二冊の書籍をKindleで発売したが、多くの人に読んで貰える方を優先しており、とても、儲かるとは思っていない。

筆者が5月発売した『南の島のトゥグ』のAmazonのページ

■電子書籍市場に待ち構える100円以下の安売り競争


加藤氏は、この対談の中で、電子書籍のマーケティングが非常に難しいと述べていた。iPhoneのAppStoreでは、カテゴリーといったところのランキングしか導線がない。書籍の場合には、書店の店頭で平積みするといったやりかたなど、書店での展開には、様々な選択肢がある。しかし、AppStoreのランキングに頼った販売ではそうしたことができない。そうすると何が起きるのか、内容の質など関係なく、果てしない「安売り競争」がくる。

「AppStoreの書籍カテゴリーは、1位から、8位までが85円の最低価格で売られている。そうすると、1冊の本の長さも短くなっていて、出版社ではなく、ウェブプロダクションなどが、小さな100万円ビジネスで、情報書が乗っている形になっている」(加藤氏) 要するに既存の出版社が成り立つほどの規模のビジネスにならないというわけだ。

確かに、AppStoreの状況は悲惨な状態で8位所か、200位近くまでの「トップ有料ランキング」の大半が、85円の書籍で占められている。もちろん、大半の書籍が、追加のアドオンを買う仕組みになっているため、章を進めて読むためには、追加で章を購入しなければならないと思われる。しかし、並んでいるのは、「セックスのノウハウ」、「幸運を呼び込む方法」、「株式の運用ノウハウ」、「ダイエット法」、「楽して儲かる方法」といった怪しげな情報商材の固まりで、見ていてウンザリしてくる。しかし、情報商材へのニーズは高いのかもしれない。

■アメリカで進むkindleの0.99ドル書籍の影響力

「Kindleストアも危険な香りがする。Amazonも99円の最低価格の書籍が増えつつある」(加藤氏)。しかし、私自身の実感としては、99円書籍の津波の登場の流れを避けることはできないと思っている。1ドルのセルフ出版の電子書籍は、書籍の価格破壊を進めている(自費出版とか、自己出版とかワードがバラバラだが、電子書籍の独自出版と、紙の出版とが、ごちゃごちゃになりやすいので、私は電子書籍の独立したニュアンスに近いと思える「セルフ出版」というワードを使うことにしている)。

米「New York Times」が発表しているベストセラーランキングで、5月5日時点で、上位5位のうち、2冊が、Kindleでセルフ出版によって販売されているものだ。首位のラブストーリーをテーマにした「THE HIT」は、Kindle版は0.99ドル(日本で購入すると97円)。ペーパーバック版も発売しているが、8.09ドルするため、大半の読者はKindle版が購入していると思われる。作家のDavid Baldacci氏は、過去に18冊の本をリリースしているが、日本で購入すると、そのうち7冊が100円。高いものでも300円という状態だ。

4位にいるH. M. Wardの「DAMAGED」も、やはりラブロマンスをテーマにしたものだが、こちらは3.52ドル(日本では348円)と、まだ救いがある価格のように見える。ところが、発売当初は、0.99ドル。ベストセラーランキングで首位に立った後に、現在の値段に引き上げている。

加藤氏の懸念は、日本でも、その姿を現すだろう。

■kindle市場はまだ小さいが自分でそのパワーを知る

私自身も、Kindleのダイレクトパブリッシングの仕組みを利用して、2冊目の電子書籍『南の島のトゥグ』を発売した。ツイッターで、@FIssiki さんからは「環境の変化と甘い誘惑を前にして、何を信念にして生きるかをテーマにした物語だったというのが、自分なりの解釈でした。”時代”もテーマだったんですね」と、好意的な反響を頂いている。100円電子書籍を発売している人間にとって、欲しいのは、書いたものに対する反響だ。ほんの少しの反響でも、自分の掛けた時間が報われる気がする。

また、Twitterで、@MieさんからKindleの現状の浸透度を示すヒントを頂いた。「青空文庫だって素晴らしいのに、やはり紙の頁を捲りながらでないと読んだ気になれず…慣れれば何て事ないだろうと分かってはいますが。電子書籍関連に私が疎いだけだと思いますが、アプリがある事も初耳でした」と、Kindleがそもそもスマホで読めること自体を知らない人も多いようだ。

日本では、まだ電子書籍の浸透が進んでいるとは思えない。それでも、1000冊売れれば、ハードカバーの電子出版がヒットと言われる中で、私自身が2月にリリースした『宇治見陽介の眼』の販売冊数が、100冊を越えている。これは、99円の価格力がいかに強力かを示している。Kindleの普及が進むにつれて、じわじわと販売冊数は増える予感はある。

■セルフ出版の普及は書籍市場のパイの食い合いとなる

セルフ出版には、Kindleのみならず、楽天のKoboや、アップルのiBooks、グーグルも追従してくるだろう。激しい競争が来るだろうが、本を書く側にとっては、悪いことではない。「自分の作りたいものを作ること」を目的として、99円で参入してくる人は増えてくるだろう。アメリカと同じように、セルフ出版を通じて、99円で販売していた人が、人気作家となり、紙の書籍として、一般の出版社から発売されることも起きるだろう。この関係は、一時ブームになった、ケータイ小説に似た展開になると見ている。

ただ、日本語圏の書籍市場は、英語圏に比べてはるかに小さい。そのため、パイの食い合いになることは今の時点で予測できる。作家も出版社もウィン—ウィンになる処方箋は、まだまったく見えていない。

加藤氏のウェブ記事を週単位で課金をするcakesのビジネスが成り立つのかどうかはわからないが、書籍を作る記事として見せて積み重ねていき、最終的には紙の本として、ヒットさせる戦略の説明があった。紙の書籍の方がまだ儲かるからだ。一つの可能性として、成功して欲しいとは、物書きの一人としては強く願っている。

新清士 ジャーナリスト、作家@kiyoshi_shin
めるまがアゴラにて「ゲーム産業の興亡」を連載中