人生で大事なことはすべてプロレスから学んだ 小橋建太引退に寄せて

常見 陽平

5月11日(土)、一人のレスラーが引退した。「鉄人」「絶対王者」と呼ばれた小橋建太である。残念ながら、先輩の結婚式で東京を離れていたため、観に行くことは出来なかった。東スポの記事や、カクトウログさんのエントリーで雰囲気を味わったのだった。

人生とは、プロレスである。プロレスで学んだことがいかに人生に生きるかということについて徒然なるままに書き綴りたいと思う。


日本経済新聞の5月10日付夕刊、1面のコラム「明日への話題」で掲載されていた国立天文台副台長 渡部潤一氏による「3つの夢」がキャリア論的に言って秀逸だった。電子版にアーカイブがあるので、読める方はそちらで読んで頂きたいのだが、簡単に内容を説明すると、この方は子どもの頃、なりたい職業が3つあったそうだ。3つの職業とは天文学者、作家、漫才師である。このうちの一つ、天文学者になったのだが、残り2つの職業についても、今でも役だっているような気がする、のだという。文章を書くのが好きだし、一般向けの講演ではギャグも上手く絡めて言うそうで、講演後、主催者から「先生のお話は、科学に関する講演としては破格ですね。まるで漫才です。」だと言われたそうだ。

わかる気がする。

私が幼少期になりたかった職業といえば、作家、漫画家、大学教授、ジャーナリスト、政治家、プロレスラー、ミュージシャン、アイドルである。そう思っていた割に、普通に会社に入り、社畜と企業戦士の間を味わいつくし、やっと38歳でフリーランスになったわけだが。でも、一部は実現している。いや、夢を叶えてきた方だと思う。おかげさまで。一応、物書きの仕事をしているし、非常勤講師ではあるが大学では教えている。政治家とアイドルになるつもりは今はあまりないが。学生時代は学生プロレスをやっていたし、今も一応、インディーズで「けだものがかり」というデスメタルバンドでボーカルをしている。

でも、憧れの職業というものの影響はあるわけで。特にプロレスの影響というのはある。サラリーマン時代も、今も、世の中とプロレスをしているような気分になる。

講演や講義、メディア出演をしている時は、まるでマイクアピールをしているような気分になる。「おい、この野郎」的な。良くない点として批判されることもあるのだけど、イケダハヤト師ほどじゃないが煽り気味に書くこともプロレス的である。なんせ、ぶつかり合ってなんぼというマインドがあるので、議論なども負けず嫌いモードで、ついついプロレス的になってしまう。世の中をルールでしばりすぎるのは良くないと思っており、5カウント以内の反則を認めることが世の中には必要なんじゃないかと思っていたりもする。そして、プロレスには信頼関係が必要である。ロープにふられたら、戻ってくる。こういうお約束が大事だ、仕事においても。

何よりも、ネバー・ギブアップの精神である。

これを教えてくれたのが、小橋建太だった。思えば、人生初のプロレス生観戦は、全日本プロレスだった。当時から小橋はファイトに全力投球。あり得ないほど練習をし、身体を鍛えぬいていた。妥協なきファイトをしていた。「そこまでやるか・・・」いつもそう感じたものである。なんせ、首に負荷のかかる凄まじい技の受けをしていた。

そんな彼は、まさに満身創痍だった。腎臓癌を乗り越えたのだが、まさにいつも怪我と戦っていた。見ていて切なくなるほどだった。

引退試合には行けなかったのだが、ニュースやブログなどを見ていると、実に盛り上がったようである。最後はまさかのムーンサルトプレスだったそうだ。

そんな彼は、最後にこんな言葉を残したそうだ。

彼にとってプロレスは青春だったという。

そうですね。青春でしたね。でも青春って10代とか20代で終わるものじゃないんで。40代になったって50代になったって青春はあるんで。これまでの青春は終わったというだけで、これからまた新しい青春を見つけます。

青春という文字は横棒が多い。それは、乗り越えていく壁がいっぱいあるからだ。そんな話を聞いたことがあるし、私もそう思う。

鉄人、絶対王者はこれからも人生と戦い続けるのだろう。

プロレスは真剣勝負である。大相撲のような八百長がある世界ではない。その生き様に私達も見習おうではないか。

このように、仕事とまったく関係ない分野、昔、憧れていた分野から刺激をもらうことだってあるし、それは恥ずかしいことではないのだ。

松井秀喜と同じタイミングで、同じように偉大な男が引退した。古舘伊知郎風に言うならば、我々は時代の砂漠をさまよってはいられない。我々は今日をもって小橋から自立しなければならないのだ。鉄人の魂は連鎖する。

さあ、負けないように明日からまた生きよう。サザエさんを見てブルーになっている場合じゃないのだ。行こうぜ、満員電車の向こうへ!まだ、何も終わっていないし、始まってもいないのだ。

試みの水平線