リフレ派の主張はほとんどが間違っているが、一つだけ理論的には正しい部分がある。それは「GDPギャップがマイナスのときは金融政策で潜在GDPまで引き上げることができる」という話だ。竹中平蔵氏が「短期的にはまずデフレギャップをなくすことが第一だ」というのも理論的には正しいが、GDPギャップの推定には誤差が大きいので注意が必要だ(テクニカル)。
動学マクロ経済学では、経済は長期的には潜在GDP(定常状態)に近づくと考え、それと現実のGDPの差をGDPギャップと呼ぶ。これはよく「需給ギャップ」と呼ばれるが、潜在GDPは価格が伸縮的に動いた場合に達成される需給の一致した水準のことで「供給側」という意味ではない。「構造改革したら供給が増えてデフレギャップが広がる」という三橋某などは単なるバカである。
だからGDPギャップは、価格の硬直性などの不均衡が調整されないために残っている差のことで、需給のギャップではないが、このように厳密なGDPギャップを測定することは困難なので、内閣府の統計では、コッブ=ダグラス型の生産関数を仮定し、GDPと資本・労働投入量の残差として全要素生産性を求め、その(HPフィルターで平滑化した)トレンドに最適労働・資本量を加えて潜在GDPを求めている。この計算方法だと、今年1~3月期のGDPギャップは-2.2%だ。
日本のGDPギャップ(出所:内閣府)
このやり方だと、生産性は残差として求められているので、最適な水準とは限らない。たとえば日本の半導体工場が遊休化してほとんど操業していない場合にも、それは前期からのトレンドとして供給能力に含まれる。そういう工場をフル生産した状態を「潜在GDP」として基準にすると、過大な「デフレギャップ」が出てしまう。こうしたバイアスを補正したOECDの統計でみると、次の図のように日本の今年のGDPギャップはほぼゼロで、G7諸国では最高である。
G7諸国のGDPギャップ(出所:OECD)
したがって埋めるべき「デフレギャップ」なんて存在しないのだ。もし竹中氏のいうように大きな「デフレギャップ」があれば、商店には品物が大量に売れ残り、デフレスパイラルが起こり、ヨーロッパのように10%以上の失業が発生しているはずだ。しかし日本の失業率は4%とG7諸国で最低であり、労働人口一人当たりの成長率は最高である。
現状が定常状態から大きくはずれているなら、それを金融政策で定常状態に戻すことは容易であり、それによって潜在GDPは何もしなくても維持できる。しかし日銀が激しく量的緩和をしてもゆるやかなデフレが10年以上にわたって持続していることは、現状がほぼ定常状態にあることを示唆している。これを無理やりインフレにすることは、今の市場で起こっているように混乱を引き起こすだけで百害あって一利なしである。