アベノミクスの「女性の活躍で経済成長」を真に受けてはいけない(上) --- 鈴木 亘

アゴラ

あまり評判の芳しくないアベノミクスの成長戦略であるが、その柱として、依然、大きな期待を集めているのが「女性の活躍促進」である。

既に、4月19日に行われた「成長戦略スピーチ」(成長戦略の第一弾発表)において、安倍首相は「女性の活躍は成長戦略の中核をなす」と打ち上げ、「育児休業3年」「待機児童を5年でゼロ」「上場企業に女性役員を1人」といった政策案を発表して耳目を集めた。


6月14日に閣議決定された成長戦略(日本再興戦略-JAPAN is BACK-)においても、下記のように、さらに踏み込んだ施策、数値目標が決定されている。

(趣旨)
出産・子育て等による離職を減少させるとともに、指導的地位に占める女性の割合の増加を図り、女性の中に眠る高い能力を十分に開花させ、活躍できるようにすることは、成長戦略の中核である。

(大きな政策目標)
こうした取組により、「M 字カーブ問題」の解消に向け、2020 年の就業率を、25歳から44歳の女性については73%(2012 年の水準から約5ポイント向上)とすることを目指す。

(そのための細かい数値目標)
・2020年の25歳~44歳の女性就業率を73%にする(2012年68%)
・2020年の第1子出産前後の女性の継続就業率を55%にする(2010年38%)
・2020年の男性の育児休業取得率を13%にする(2011年2.63%)
・指導的地位に占める女性の割合を2020年までに少なくとも30%程度にする
・2013、2014年度で約20万人分の保育の受け皿を整備
・上記と合わせて、2013~2017年度で約40万人分の保育の受け皿を整備
・2017年度末までの待機児童解消を目指す

どのようにその数値目標を達成するのか、具体的な施策は今一つ明確ではないが、一般論としては、大変結構な話のように思われる。もちろん、「女性の活躍促進」という大テーマ自体、異を唱える人々はほとんどいないだろう。

しかし、問題は、これが本当に「成長戦略の中核として、期待できる効果を持っているのか?」ということである。言いかえれば、「女性の活躍促進は、日本経済の成長率を本当に大きく高められるのか?」ということである。私はこの点、極めて懐疑的である。

また、女性の活躍によって成長が見込まれるということで、今回、多額の補助金が、このために予算化されることになる。例えば今回、待機児童対策として、規制改革会議が提案していた「お金のかからない」規制緩和策はほとんど採用されず、保育園への補助金を大幅に増額する「お金で解決」という道が選ばれた。女性が活躍する企業への助成金制度や税制上の措置も、広範囲に行われる予定である。

しかし、はたして「こうした財政負担に見合うだけの効果が本当にあるか?」という点は本来、冷静に、そして厳しく問われるべきである。私自身は、「女性の活躍促進のための施策に、財政投入を行うことのコスト・パフォーマンス」についても、さらに悲観的な考えを持っている。その理由を述べよう。

まず、アベノミクスにおける「女性の活躍は成長戦略である」という考えに影響を与えたと思われる経済効果の試算が2つある。そのひとつは、2012年に公表された国際通貨基金(IMF)ワーキングペーパー『女性は日本を救えるか?』である。

昨年10月に東京で行われた国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会の際、来日したクリスティーヌ・ラガルド専務理事が「女性の活躍拡大で日本は経済成長できる」として、セミナーや記者会見で公表し、NHK「クローズアップ現代」をはじめとして、多くのメディアがこれを特集したことは記憶に新しい。

このIMFペーパーの試算では、(1)女性の労働参加率(生産年齢人口に対する労働人口の割合)をG7各国(日本とイタリアを除く)並みに引き上げると(63%から70%に引上げると)、一人当たりGDP水準が約4%増加する、(2)女性の労働参加率が北欧並みになれば、一人当たりのGDP水準が約8%増加する、と報告している。

もう一つは、投資銀行のゴールドマン・サックスが「ウーマノミクス」と題して発表しているレポートであり、「男女の雇用格差を解消できれば、日本の就業者数は820 万人増加し、GDP の水準は15%押し上げられる可能性がある」と結論づけている。男女の雇用格差解消とは具体的に、2009年に約60%であった女性の就業率(15歳以上の人口に占める就業者の割合)を男性並みの80%に引き上げることを意味する。

どちらのレポートにせよ、大変大きな効果を見込んでいる。しかし、どちらのレポートにせよ、共通する大きな問題点がある。それは、女性の労働力増加の正の側面だけ捉え、その副作用や負の側面を全く考慮に入れていないという問題である。どちらも女性の労働人口増が、単純に移民の増加のように、天から降ってくる労働者として扱われているが、実際にはそうではない。

つまり、両レポートでは、日本の専業主婦層は、あたかも日中、何もせずに寝ているか、単純に遊んでいる人として扱われているのである。しかし、現実には専業主婦はそのような「遊休資源」ではない。その多くは、家事や買い物、育児や介護、社会貢献活動など、市場で賃金が得られる労働ではないが、立派に生産活動に従事しているのである。

その経済価値は、内閣府が先ごろまとめた「平成25年度男女共同参画白書」によれば、110.7兆円(家事77.5兆円、育児11.7兆円、介護2.4兆円、買い物17.1兆円、社会活動2.0兆円)にも達する。ざっとGDPの4分の1近くに達する大きな金額である。

女性の活躍を促進し、女性がこのような「家事生産」に従事できなくなれば、(1)男性が家事を担うことになるか、(2)外部の家事・育児代行サービスを購入するか、どちらかを選ばなければならない。家事・育児代行サービスとは、御手伝いさんや掃除サービス、クリーニング、食材の宅配サービス、買い物代行サービスと言ったもののほかに、外食産業や、コンビニ・スーパー業界によるお総菜・弁当等や、保育園やベビーシッターなどの育児産業、介護産業等も含まれる。

まず、男性が家事を担う場合を考えよう。日本の男性の家事参加や育児参加の時間が少ないことは、昔から批判の的であるが、良く考えれば、男性も好き好んで家事・育児をサボってわけではない。日本企業に働く正社員男性のほとんどは、深夜までの残業や通勤を含め、長時間の就業を行っているがゆえに、家事や育児に参加できないという面が大きい。

もし、女性が本格的に就労を行うということであれば、男性の働き方も当然変わらざるを得ない。就業時間を大幅に短くせざるを得ないのである。それはそれでワークライフバランスや男女共同参画の観点から望ましいという見方もあろうが、経済的には、男性が家事や育児に時間を取られて就業時間が少なくなれば、その分だけ男性の収入が減少し、一国のレベルでもGDPが減少するのである。男性の中には、生産性の高い責任のあるポストから外れざるを得なくなったり、コース転換や、正社員から非正社員を選択せざるを得ない者もあらわれよう。

もっとも、その分だけ妻が働いて収入を稼ぐのだから、家計全体としては問題が無いと思う人も多いかもしれない。しかしながら、実際には妻が働いたとしても、男性の収入減を十分にカバーできない可能性が高い。つまり、男性と女性が就業や家事を公平に分担することが、経済的な効率性を損ない、一家の収入や一国のGDPを押し下げる可能性もあり得るのである。

最近は批判の多い「男性は仕事、女性は家事と育児」という性別の役割分担であるが、経済学の観点からみれば、「比較優位」の原則にかなっており、経済合理的であると考えられる(もちろん、個別ケースでは無く、平均的に見た場合)。つまり、一般論として、男性の方が仕事の能力が高く(賃金が高く)、女性の方が家事・育児の能力が高い。男女両方が不得意な仕事と家事を中途半端に行うよりも、それぞれの得意分野に特化していた方が、経済的な効率性が高いことは自明である。

それに加えて、日本企業は、こうした性別の役割分業を前提とした人的管理を行って生産を最適化している。個人ではなくチーム単位で労働し、組織内・組織間で高度なすり合わせを行うために、長時間労働・長時間拘束は不可欠であるし、最適な人的配置を迅速に達成する為に、煩瑣な転勤や出向等が行われる。しかし、これらは、配偶者が家事や育児に専念し、転勤の際には家族ごと移動するために、配偶者が定職を持たないことを前提とした仕組みなのである。

また、こうした性別の役割分担を前提に、日本の税制や社会保障も組み立てられている。例えば、配偶者控除などで専業主婦を優遇する税制が存在するし、専業主婦に対しては年金や医療保険等の保険料も無料である。もちろん、こうした日本的な雇用慣行やそれを支える政府の諸制度は、近年、非正規化の進展等によって時代に合わなくなりつつある。しかし、正規職員の世界では依然として比較的良く機能しており、良く機能しているからこそ、なかなか変わらないのである。

さらに、こうした企業や政府の制度的な仕組みが精緻に築かれるには、長年にわたって膨大な調整コストが投下されてきており、今の仕組みを続けることが最も安上がりな状況を作っている。それに対して、性別の役割分担を解消し、女性の活躍を促進する仕組みを築きあげるためには、また新たに膨大な調整コストが必要となろう。つまり、女性活躍社会という新しい均衡に移るためには、多額の費用と混乱を負担しなければならない。そして、純粋に経済成長という観点からみれば、その女性活躍社会という新たな均衡が、今の性別役割分担+日本的雇用慣行という均衡よりも生産性が高いとは限らないのである。

※()へ続く。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2013年6月22日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。