ここんところ、あまりニュースになってませんが、子どものイジメってなくなってないんでしょうね。いろんな意味でストレス社会のせいか、大人のハラスメントも問題になっている。肉体的に痛めつける虐待もありますが、精神的にイジメられて感じるのは強い「心の痛み」だ。イジメられた経験がある人ならわかるけど、本当に胸のあたりが痛みます。
この精神的な苦痛は、肉体的な苦痛と共通の部分があることがわかっています。米国UCLAの研究者らの実験では、被験者にボール投げゲームをさせ、彼らの脳をfMRIでスキャンして調べました。前帯状皮質(ACC)と呼ばれる脳の部位がありますが、ここは報酬予測や意志決定、共感、情動といった認知機能に関係しているらしい。被験者の一人をゲームから仲間外れにすると、前帯状皮質の活動に混乱が起き、体が痛みを感じるのと同じ脳の反応が起きます。こうした反応が観察された脳の部分は、実際に痛くなくても痛さを予想しただけで活発に働くことが知られている。仲間はずれ以上にひどくイジメられた脳は、さらに強く痛みを感じます。
集団からイジメられると、人間はうつ状態になったり引きこもりになったりします。米国イェール大学の研究者らによるマウスを使った実験では、イジメっ子からイジメを繰り返されると、イジメをしないほかのマウスも怖がるようになります。
こうした働きにより、イジメが原因の引きこもりになっている可能性がある。クラスメートのみんなが怖くて学校へ行けない登校拒否と同じです。イジメられているマウスの脳を観察すると、記憶に関係した脳内物質BDNF(脳由来神経栄養因子)の遺伝子の活動が増え、同時にさまざまな遺伝子で混乱状態が起きていました。この混乱は具体的には、17個の遺伝子の働きが減り、代わりに309個の遺伝子が新たに活発化し、この中の127個の機能は約一カ月後でも残っていた。遺伝子の機能に、正常な状態とは異なった変化が生じていたというわけです。
また、混乱が起きていた脳の場所は、神経伝達物質のドーパミンを中脳辺縁系に伝える通路です。ここは、快感とか学習意欲、感情なんかに関係している部分になる。ちなみに、中脳辺縁系は抗うつ剤や統合失調症の薬などのターゲットにもなっている部分です。
イジメられると脳が反応し、BDNFが増え、それが社会的な恐怖心につながっていく。こうした脳の動きは、社会的、集団的なイジメという制裁に対し、遺伝子の発現が活発化するなどして脳が変化して防御反応をしているんじゃないか、と考えられています。
この研究をした研究者は、イジメられっ子のマウスを遺伝子改変し、BDNFが増えないようにしてみました。すると、いくらイジメられても、マウスはイジメをじっと受け入れるようになった。脳の防御反応を抑えつけてしまった、というわけで、もちろんこれでイジメが解決するわけじゃありません。しかし、引きこもりなど、社会への拒否反応をやわらげる治療に役立てられるんじゃないか、とも考えられています。
トロント大学の研究者は、失恋やパートナーの死、イジメなど、我々が精神的な痛みを感じたときに肉体的な痛みのように感じるのは、「社会的な生物」である人間に備わった機能かもしれない、と多角的な例を挙げて言っています。集団にとって脅威となる存在を排除する役割もある一方で、こうした機能は社会的な「報酬」と関連しているため、ネット上などで不当に批判されるのも同じ「苦痛」を伴うのでしょう。
いずれにせよ、精神的な苦痛は肉体的な痛みをもともなうからこそ、イジメやハラスメントをする側にとって葛藤も快感もあるのかもしれません。誰でも肉体的に痛めつけられるのは嫌です。しかし、それよりも精神的な苦痛のほうが耐えにくい。精神と肉体は密接につながっています。イジメが「犯罪」と言われるのは、単に反社会的とか倫理に反しているからだけではありません。力による暴力行為と同じことだからなのです。
石田 雅彦
アゴラ編集部