財政破綻が長期的には起こるかもしれないということは、本書の批判しているリフレ派も何となく感じているだろう。しかしそんな景気の悪い(難解な)話をしても政治家やマスコミは相手にしてくれないし、原稿料や講演料などでもうけることもできない。「増税なんかしなくてもインフレにすれば財政は一発で再建できる」という話のほうがおもしろく、商売になる。
つまり彼らは、テールリスクをとって合理的に行動しているのだ。そういう楽観論で株価が上がれば選挙で勝てるが、デフレが止まらなかったら「ラグが2年ある」と言い逃れればいい。予想インフレ率が下がったら「調整過程だ」と言っておけばいい。なんとなく景気がよくなったような気分にさせれば、彼らは政治的に勝利したのだ。
他方、テールリスクは、その定義によってきわめてまれにしか起こらないので、起こらないほうに賭けるのは合理的だ。そして財政破綻のような全面的な危機が起こったときは、誰が悪いのかわからないので、リフレ派のことなんか忘れてしまう。このようなペイオフの非対称性が、タレブがスティグリッツ症候群、私が「福島みずほ症候群」と名づけたモラルハザードの原因である。
だから問題はもはや経済学のレベルではなく、こうした非対称性を是正してテールリスク(外部性)をどうやって内部化するかという政治的な問題だと思う。ハムラビ法典の知恵にならえば、たとえば「財政赤字保険」をつくり、「増税しなくても2020年にはプライマリーバランスは黒字になる」という政治家から保険金を徴収して、2020年のプライマリーバランスの黒字の1/100万を配当する、というのはどうだろうか。
もし1兆円の黒字になったら彼らは100万円もうかるが、逆に今の赤字(43兆円)と同じだったら4300万円払わなければならない。この保険に入るかどうかで、彼らが本気で自分のいうことを信じているかどうかがわかる。このようにskin in the gameにしてペイオフの対称性を作り出すことが一つのテールリスク対策だ、というのがタレブの提案である。