生き難い憂き世を描く「浮世絵」は幻想か

石田 雅彦

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「浮世絵」の「浮き世」というのは漢語からきてるそうです。その昔、この言葉は「憂き世」という字を当てていたこともある。生き難い人生、とでもいう意味でしょうか。似たような言葉に「あはれ」ってのがあります。こっちのほうはポジティブな意味合いで使われることが多い。逆に「憂(う)し」はネガティブな言葉です。


藤原清輔が詠んだ百人一首にも入っている歌「長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」ってのも、今の人間の気持ちと同じです。平安の昔から貴族といえど、人生は「憂き世」であり、無常観にさいなまれながらも世俗にまみれ、苦しみながら生きていかなければならなかった。「現世」は厭うべき「憂き世」であり死後の世界こそが「浮き世」だ、とでも考えたんでしょうか。

14世紀の南北朝時代を描いた資料『太平記』の中に、足利尊氏の参謀を務めた高師直と高師泰って兄弟が出てきます。彼らが敵に敗れて出家を決意したとき、それは策略だから最期まで闘え、と兄弟を諌止したのが師直の家臣、薬師寺公義って人。しかし二人は翻意せず、失意の公義は「とれば憂し とらねば物の数ならず 捨つるべきものは弓矢なりけり」と詠んで自分も髪を剃りこぼち、高野山に入ります。その後、公義の心配通り、高兄弟は討ち取られて首をはねられる。弓矢を手にして闘うのも憂鬱だが、とは無慈悲な権力闘争の結末がよくわかる逸話ですが、新撰組の近藤勇の最期とどこか似てますな。

こうして人々が「浮き世」を「憂き世」と実感したのは、室町時代中頃くらいまで続きます。15世紀後半、応仁・文明の乱あたりを描いた司馬遼太郎の『妖怪』って小説の中に「憂きもひととき うれしきも 思いさませば 夢候え 酔候え 踊り候え」という今様が出てきますが、このあたりから仕方なく現世を肯定し、諦念とも受け取れる開き直りで「憂き世」を「浮き世」としてとらえる傾向が表れてくるようです。

『閑吟集』という16世紀初期の歌謡集には、室町時代の人々の無常観を言い表した歌がたくさん入っています。その中に「宇治の河瀬の水車 何と憂き世をめぐるらう」という一節がある。戦国時代末期に流行した屏風絵に「柳橋水車図」ってのがあり、クルクル回る水車と「憂き世」とをかけている、と考える近代史家もいるようです。この頃になって、「憂き世」を嘆き悲しむより「浮き世」としておもしろおかしく人生を楽しんだほうがいいよね、と人々が考え始めたのかもしれません。

戦国時代が終わり、江戸時代に入って社会が固定化し、開き直ってフワフワ生きる「浮き世」となったんでしょう。永遠に続くようにも思える江戸時代、人々は「現世」か「あの世」か夢か現(うつつ)かもわからない「浮き世」という世界の中で暮らすようになる。ただ、小説家や歴史家は「見てきたようにウソをつく」こともあるので要注意。ちなみに「因果はめぐる糸車、明日はわからぬ風車、臼で粉引く水車、我が家の家計は火の車」という一説もありますが、こっちの出典は不明です。

江戸時代に発達した「浮世絵」という木版画は、日本が世界に誇る芸術の一つです。この発想や技法がヨーロッパへ「輸出」され、印象画の画家たちに大きな影響を与えたことも知られている。この6月22日から9月8日まで、東京、丸の内にある三菱一号館美術館で「浮世絵 Floating World—珠玉の斎藤コレクション」なる展覧会が開かれています。開催期間をテーマごとに三つに分け、合計約600点の浮世絵が展示されるそうです。
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※喜多川歌麿の12連作『青楼十二時』は遊女の一日を時系列で描いている。

この「齊藤コレクション」というのは、川崎・砂子の里資料館の館長、斎籐文夫氏の個人コレクションです。今回の企画展のキュレーター、野口玲一学芸員によると「斎籐コレクションは、地元の東海道や神奈川を描いた作品を中心に幅広く稀少なものが多い。たとえば、喜多川歌麿の『青楼十二時』や鈴木春信の『風流やつし七小町 草紙あらひ』といったセットものは世界でも所蔵しているところは少ない。また、春画などのショッキングな絵柄は逆に多くなく全体に『上品』なコレクションになっている」とのことです。
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※浮世絵の役者絵に影響を受けたロートレック作『アンバサドゥールのアリスティード・ブリュアン』も同時展示。これは珍しい右向き。

現在、展示されている第一期では、喜多川歌麿などの役者絵や美人絵、市井の生活といった人物がテーマになっています。7月17日からの第二期は、葛飾北斎や歌川広重らによる風景がテーマ。8月13日からの第三期は、江戸から東京へ明治に入る風景風俗を描いた時代がテーマ。三菱一号館美術館は19世紀の建造物のレプリカでもあり、野口学芸員によれば「19世紀の西洋人が浮世絵を見ていたような、また現代人が江戸時代に紛れ込んだような気分にさせる展示方法をとっている」らしい。
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※江戸時代の「あまちゃん」も。喜多川歌麿の「江の島の鮑取り」(部分)。

ここんところの「江戸ブーム」もあり、この5月いっぱいまで銀座では春画を含めた葛飾北斎の展覧会が開かれていたりしました。また、この「TimeOut London」によると、今年2013年10月4日から英国ロンドンの大英博物館で史上最大級とも言われる「大春画展」が開催されるそうです。さらに、この展覧会の後、2014年には大英博物館から日本への凱旋展覧会として企画されているらしい。なにやら春画を含めた浮世絵の周辺が騒然としてきました。ちなみに大英博物館の春画展、16歳以下の児童が見る場合、父兄同伴を義務づけるそうです。

江戸時代の「浮き世」を描いた浮世絵は、見る者にタイムスリップしたような感覚を味合わせてくれます。浮世絵に描かれた当時の人々は、みなさん楽しげだが、どこか「憂き世」を引きずって「浮き世離れ」してもいる。遠そうで近そうに感じるのは、現代も生き難い「憂き世」だからでしょうか。

※このブログで紹介している写真は、三菱一号館美術館より特別許可をいただいて撮影したものです。

浮世絵 Floating World – 珠玉の斎藤コレクション
会期:2013年6月22日(土)から9月8日(日)。※会期中2回展示替を行います。第1期:6月22日(土)~7月15日(月・祝)、第2期:7月17日(水)~8月11日(日)、第3期:8月13日(火)~9月8日(日)。
開館時間:木・金・土10:00~20:00、火・水・日・祝10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで。休館日は月曜(但し、祝日の場合は翌火曜休館。9月2日は18時まで開館)。
会場:三菱一号館美術館
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2
[交通案内] 東京メトロ千代田線「二重橋前」駅・1番出口より徒歩3分。都営三田線「日比谷」駅・B7番出口より徒歩4分。JR「東京」駅・丸の内南口/ JR「有楽町」駅・国際フォーラム口より徒歩5分。
主催:三菱一号館美術館、TBS。特別協力:川崎・砂子の里資料館。協賛:大日本印刷。協力:日本通運株式会社。
お問合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入場料(当日券):一般1,300円、高校生・大学生1,000円、小・中学生500円。
前売券あり。infoチケット&アクセス。※大学生以下は前売券の設定はありません。

石田 雅彦
アゴラ編集部