・・・などと水をさすのは著者のような「空気の読めない」経済学者だが、中央銀行の伝統的な役割もそうだった。「パーティが盛り上がったところで(酒の入った)パンチボウルを下げる」ことがFRBの仕事だと、かつてマーチン議長はいったが、グリーンスパン以来のFRBは「市場に優しい」金融政策をめざした。それがどういう結果をもたらすかを、われわれは2008年に見たはずだが、黒田総裁の方針もFRB流のようだ。
本書はこうしたパーティ気分をあえて断ち切り、「マクロ経済学の新しい常識」を冷静に解説する。最近の標準的な理論で考える限り、黒田総裁の「2%のインフレを実現すると同時に長期金利を抑制する」という方針は論理的に矛盾しており、市場は混乱している。日銀がインフレ目標を宣言すればインフレ期待が生まれるという話も、著者がアゴラで指摘したように矛盾を含んでいる。
それでも「空気」だけでここまで景気が改善したのは大したものだが、本当にインフレが起こって金利が上がると、いまFRBが直面している出口戦略の問題に日銀も逢着する。今は日銀に「ブタ積み」になっている当座預金が貸し出しとして市中に出て行くと、日銀はバランスシートを圧縮せざるをえなくなる。それもマネタリーベースが270兆円という史上空前の規模になると、出口戦略が国債の暴落をもたらすリスクもある。
要するに、著者のいうように異次元緩和は、理論的にはほとんど根拠のない「実験」であり、うまくいくかどうかは「期待」次第というしかない。黒田総裁は、よくも悪くも果敢にテールリスクを取っているが、失敗した場合の被害は財政にも及び、通貨の信認をゆるがす可能性もある。今のところ円安に助けられてリスクは顕在化していないが、この前代未聞の金融政策を国民が監視する上でも、本書のような基礎知識は必要だろう。
ただ本書はマクロ経済理論や金融実務を詳細に解説していて、やや上級者向けなので、最近の動きやもっと一般向けの解説を求める向きには、私が『アベノミクスの幻想』(仮題)という入門書を今月中に東洋経済新報社から出す予定である。