米国の移民法改正案は日本的賃金デフレへのさらなる一歩か? --- 安田 佐和子

アゴラ

米上院は6月28日、68対32で移民法改正法案を通過させました。米国に現在居住する約1100万人の不法移民に市民の道を開く法案であると同時に、特殊技能職向けの外国人就労ビザH1Bの定員枠を現在の8万5000人から18万人へ拡大する内容を盛り込んでおります。


移民改革を推進していた「Fwd.us」の創立者であるフェイスブックのザッカーバーグ最高経営責任者は、米上院での通過を受け法案成立前になすべき重要事項が残っているとはいえ、「政治家は党派を超え、経済を前進させ移民国家としての歴史を賞賛しうる改革を団結して可決させた」と評価しておりました。特殊技能に見合う労働力がアメリカ国内で不足しているとの観点から移民改革の必要性を唱えていただけに、勝利宣言ともいえるでしょう。

ザッカーバーグCEO、可決を受けてニンマリ?

今年のH1Bビザ枠は景気回復の追い風もあって、たった1週間程度で埋まってしまったものですから、なおさらです。

外国人である私にとっては、H1Bビザの定員枠増加は歓迎すべきニュース。とはいえ、移民の増加によって職を奪われかねないアメリカ人は戦々恐々の面持ちで動向を注視しています。

その一端が、ザ・ヴァージの記事。移民にIT技能職が乗っ取られるだけでなく、移民の増加により賃金鈍化が進むと警鐘を鳴らします。カリフォルニア州公衆衛生局勤務のプログラマーでプログラマー組合の広報担当であるキム・ベリー氏は、「安い賃金で働く外国人労働者の参入でアメリカ人がないがしろにされ、政治家もそれを容認している」と舌鋒鋭く批判します。Fwd.usに参加するフェイスブックをはじめマイクロソフト、グーグル、ネットフリックス各社は移民改革の必要性として技術者不足を理由に挙げるものの、ベリー氏は「科学、技術、エンジニアリング、数学などSTEMと総称される分野で学位を取得した卒業生は2008~09年に40万人に上った」と指摘。人材不足は正当化されないとも、説明しています。

保守的な意見に聞こえますが、理解できなくもありません。現実問題として、H1Bビザで勤務する場合は基本給がアメリカ人より高く設定されても休日出勤や残業手当が支払われにくいんですよね。まず、雇用主がスポンサーなんで転職もできません。H1Bビザといえば期間は3年で1回のみ更新が可能となっており、トータル6年アメリカ企業に勤務することが可能なんですが、勤務態度が雇用主の意に沿わなければ更新手続きをしてもらえないリスクがございます。

従ってサービス残業、時間外労働、週末労働、賞与なしは当然となりえるんですね。基本給が高いだけまだマシといえるかもしれませんが、日本で話題のブラック企業に勤務する状態そのものでしょ? アメリカ人にも、こうしたスタンダードが押し付けられる危険が迫るとなれば真っ向から反対する勢力が出てくるのも、いたし方なし。

H1Bビザ保有者とググると、「権利」とか「解雇」などが登場するはずです。

シンクタンクの見方も、思想の観点を際立たせ興味深い。民主党寄りでグローバル化を支持するブルッキング研究所の調査では、IT技能職のH1Bビザ保有者は「アメリカ人平均の26%上回る賃金」を得ているんだとか。反対に労組の色合いの濃い経済政策研究所(EPI)は「アメリカ人のSTEM系卒業者2人のうち1人しかSTEMセクターで勤務してない」、「ITセクター全体の賃金は1990年代から横ばい」と意見していました。

米6月雇用統計では確かに、時間当たり平均の労働賃金が市場予想の0.2%の上昇より強い前月比0.4%上昇の24.08ドルと2008年11月以来の高水準を示しました。前年比も市場予想の1.9%を上回る2.2%。2011年7月以来の最高を遂げてます。

しかし、6月以前の伸びがごく限定的だったことを踏まえると、順調に上昇を続けるかは不透明。アメリカは金融政策こそ正常化への一歩を進めておりますが、賃金の面では日本的デフレを迎え入れることになるかもしれませんねぇ……。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2013年7月8日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。