資本主義の教科書 - 『制度と進化のミクロ経済学』

池田 信夫


制度と進化のミクロ経済学 (叢書《制度を考える》) [大型本]

著者:サミュエル・ボウルズ
出版:エヌティティ出版
★★★★☆


著者は、1970年代に「ラディカル・エコノミスト」として活躍した経済学者。本書にも、マルクスへの言及がたくさんあるなど、その影響は残っているが、分析用具は意外にオーソドックスだ。裏表紙では、Maskin、Rubinstein、Arrow、Binmoreといった主流派の巨匠が、本書を「最新の成果を踏まえたオリジナルな教科書」として賞賛している。日本のマル経のように「床屋評論家」にならないのは立派なものだ。

新古典派の教科書には、「市場」の説明はあっても「資本主義」の説明はない。そのコアであるArrow-Debreuモデルにおいて一般均衡の成立する条件がきわめて非現実的であることはよく知られているが、その後この条件をゆるめる研究はみんな失敗し、そのうち一般均衡にはだれも興味をもたなくなった。しかし資本主義が(少なくとも社会主義よりは)うまく機能したことは事実だから、その理由は一般均衡のような「ユートピア資本主義」ではなく、もっと現実的なコーディネーション装置に求めなければならない。

本書は、そうした「制度」としての資本主義を、いろいろな分析用具を使って説明する。消費者行動の説明には限界効用ではなく行動経済学が使われ、企業の理論には不完備契約、経済全体のコーディネーションにはゲーム理論が使われる。特に重視しているのは、市場による分権的コーディネーションを支える制度としての財産権で、その発生を進化ゲームでシミュレーションしている。

ただ(教科書だから当然だが)応用されている個々の理論は既知のもので、オリジナリティはあまりない。制度を内生的に説明しようとする点は(著者の盟友だった)青木昌彦氏の「比較制度分析」と似ているが、分析用具の選択がアドホックで、体系的に説明されていないので、教科書としては使いにくい。明らかに初心者向きではないが、体系的なだけがとりえの新古典派の教科書に飽きた人には、それを補完する刺激的な「制度の経済学」の入門書としておもしろいだろう。