著者:翁邦雄
出版:筑摩書房
★★★★☆
反原発派が武装して国会を占拠すれば革命が起こるという中核派の主張は荒唐無稽だが、60年代後半には多くの若者がそう信じて武装闘争をやった。これは戦前に青年将校が陸軍首脳へのテロで世の中が変わると信じたのと同じで、リフレ派もそれに似ている。「あらゆる運動において、より過激な言動を論調を出したほうが強い」と著者は丸谷才一の言葉を引用していう。
そのたとえでいえば、今の日銀はさしずめ青年将校に占拠された参謀本部だが、彼らはどうしていいか困っているようにみえる。「マネタリーベースを2年で2倍にする」と宣言した黒田総裁は青年将校のように颯爽としていたが、市場は混乱しただけで、インフレもインフレ期待も起こらない。各国の中央銀行をみても、ゼロ金利の制約で金融政策の効果が失われており、こうした手詰まり感がさらに過激な金融政策を求める政治的圧力を強める。
本書は、日銀の金融研究所長をつとめた著者が、金融実務を解説しながら、最近の日銀をめぐる動きを皮肉なタッチで描いている。ゼロ金利のもとでインフレを起こせる理論的根拠はなく、FRBのバーナンキ議長もQE3の実施にあたって「FRBのバランスシートの規模がインフレ期待に与える影響は皆無だ」と市場の期待に釘を刺したが、日本では「マネタリーベースと予想インフレ率には強い相関がある」と信じる教祖が日銀の副総裁だ。
したがって日銀の「異次元緩和」が失敗することも避けられないが、問題はその「出口戦略」だ。270兆円もバランスシートを抱えた日銀が資産を売却することは、資産価格の暴落をもたらすので不可能だろう。したがって出口では、日銀当座預金の金利を上げるしかない。しかし200兆円の当座預金に1%の金利をつけるだけで2兆円の負担が発生し、長期金利も上昇して国債に大きな評価損が出る。
無謀な金融緩和は、今や財政問題になりつつある。黒田総裁が「出口戦略は考えていない」と語るのは、青年将校が撤退を口にした途端に彼らの与える心理的インパクトは失われてしまうからだろうが、出口戦略を考えないでひたすら緩和を続けるのは、著者もいうように特攻隊が帰りの燃料を積まない「片道出撃」と同じだ。この壮大な「人体実験」の被験者は、われわれ納税者なのである。