本書は、放射線医学の世界的権威で、チェルノブイリなどで原子力災害に立ち会った著者が、その経験を踏まえて、放射線のリスクについて一般向けに解説したものだ。著者が強調するのは放射線のリスクは相対的なものであり、その健康被害は確率的な現象だということだ。
ここが一般国民にわかりにくいところで、福島のような事故が起こると、その発生確率を1と考えて絶対化してしまう。そういうふうに考えるなら、まじめに働くより宝くじを買うほうが金持ちになるだろう。放射線のリスクも宝くじと同じく、確率で割り引いた期待値で考えなければいけないのだ。つまり
リスク(期待値)=健康被害×確率
なので、原発事故の被害がいかに大きくても、その発生確率が小さければリスクは小さいのだ。本書によれば、チェルノブイリ事故の死者を含めても、TWhあたりの死亡率は次のようになる(p.216)。原発の問題を「金より命」などというのは錯覚で、火力発電所のほうが確実に多くの命を犠牲にしているのだ。
事故 | 大気汚染 | |
---|---|---|
石炭 | 0.02 | 25 |
天然ガス | 0.02 | 3 |
石油 | 0.03 | 18 |
原子力 | 0.003 | 0.05 |
放射性廃棄物のリスクも誇大に宣伝されているが、原発の廃棄物の体積は石炭火力の数万分の1であり、火力発電所は原子力の何百倍もの放射性廃棄物を大気中に排出している。ここには地球温暖化のリスクは含まれていないが、それを含めると原発はすべての発電方法の中で圧倒的にリスクが低い。
以上の科学的データには議論の余地がなく、この意味で放射線のリスクは科学の問題ではない。福島事故についても、多くの国際機関の報告書が放射能による死者はゼロと予測している。したがって問題は、政治的・心理的なものである。
マスコミは珍しくて絵になる原発をネタとして好むので、政治家が科学者と協力し、こうした科学的データを示して人々に冷静な対応を呼びかける必要がある。県知事みずから「被災地の瓦礫を受け入れることは殺人に近い」などというのは、山本太郎と同類のデマゴギーである。