よみがえる世界革命

池田 信夫

共産党や社民党が「TPP反対」とか言っているのをみると、左翼も落ちたものだと思う。今週のメルマガでも書いたが、マルクスからトロツキーに至る左翼は「労働者に祖国はない」というインターナショナリズムを理想とし、国境を踏み超えて世界を統合する「資本の文明化作用」を賞賛したのだ。

ロシア革命を指導したレーニンもトロツキーも、それがロシアだけで成功するとは考えていなかった。各国の労働者が国境を超えて団結することが帝国主義戦争をなくす道で、特にドイツ革命の成功が重要だと考えていた。しかしドイツ革命は失敗し、ソ連もスターリンの「一国社会主義」になってしまった。


本書はこの世界革命の時代の主人公、トロツキーの伝記である。彼が類まれな天才であることは誰しも認め、その生涯は20世紀最大の理想が挫折する壮大なドラマである。彼の『わが生涯』は、その波瀾万丈の生涯を語った、政治家の自伝の最高傑作であり、誰もが「もしスターリンではなくトロツキーがレーニンの後継者だったら…」と思うだろう。

しかしソ連崩壊後に発掘された一次史料を利用した本書の評価は冷たい。トロツキーは赤軍の指導者として革命後の内戦を指導したが、そのときすでに大量の「粛清」をやっていた。もちろん彼の知性はスターリンよりはるかに高かったが、前衛党が暴力で民衆を支配する手法はスターリンより徹底していた。

彼が「反対派の尊重」などの民主的な手続きを要求したのは、権力の座を追われてからであり、それまでは服従しない者は排除し、抹殺することをためらわなかった。凡庸で無害に見えたスターリンに比べて、知的な自信に満ちたトロツキーは傲慢で、他人の話を聞かなかった。それがレーニンによって後継者に指名された彼が、権力を失った原因である。

しかし資本主義が国境を超えて世界を支配する先に世界革命を希求したトロツキーの思想は、ある意味では90年代以降の情報革命とグローバリゼーションによって実現しつつある。リアルな国家を破壊する革命は挫折したが、バーチャルな空間ではグーグルやマイクロソフトやアップルが世界を支配し、暴力ではなく情報によって世界を統一する<帝国>が生まれようとしている。

だが、それはマルクスやトロツキーが考えていた理想の世界とは違う。彼らの支配を支えているのは植民地主義の暴力ではなくプラットフォームだが、その実体は「知的財産権」という名の独占レントである。グローバル資本主義の極北に出現するのは、自由な個人のユートピアではなく、全世界の個人情報を「ビッグデータ」として管理する新たなビッグブラザーかもしれない。

アゴラ夏休み合宿では、元トロツキストの村上憲郎さんと一緒に、こういう問題も考えてみたい。