給料は需要で決まる? 

竹内 裕人

私はしがないサラリーマンで、大して勉強もしていないし、知識もありませんので、その点をご了承いただいた上でこの投稿を読んでいただければ幸いです。

先日、中嶋よしふみさんの女子大生には言わなかった、給料の決まり方。を拝読して、ひどく違和感があったので投稿しました。

その違和感は、
『パイロットは数が希少で簡単にはなれないという意味で付加価値は高いが、キャビンアテンダントは低い給料でもなり手は沢山いるからだ(しわ寄せがCAに発生しているとも言える)。』
の部分です。


私自身は、給料はその仕事の内容によって決まると感じているからです。たとえば、自分ですると1万円の仕事だろう、となれば、誰かに1万円で頼むと思っています。しかし、この話であれば、人が少なければ高額になり、人が多ければ低額になる、という話です。資本主義の基本だとは思いますが、金額の上下を労務費に対して適用するという考え方に無理があるんじゃ無いかと感じるんです。

たとえば、穴掘り1立方メートルで1万円の仕事をするとします。これは機械ではできない、まさに人力のみで行う作業の仮定です。この場合、コツやその人の力で穴掘りのスピードは異なりますが、結果は1立方メートルです。穴掘りを頼んだ側から見れば、早く終われば他の作業へのロスが減り、利点が発生します。仮に時間が半分で終わったとして、効率的なので2万円を払うかと言えば、現実にはそうはなりません。むしろ、半分の時間で終わったんだから、5000円でいいだろう、という話になりがちです。逆に、穴を掘る人は効率よく作業が終われば、拘束時間さえ無ければ休息したり他の仕事を行えます。穴掘りを頼んだ側から見れば、他に行って2倍の仕事をすればいいだろうという言い分でしょうが、現実はそうなりません。普通の人が1立方メートルの穴掘りをする時間まで待つこと前提での契約になっているか、作業が遅れている他の人を手伝うことになるでしょう。

雇う側、雇われる側で考え方が異なるかもしれませんが、先の投稿の中の『オトナは「結果」で評価される』で考えれば、時間半分で所定の仕事をしたならば、半分の時間で解放され、かつ、1万円が支払わなければなりません。

ところが、現実は違います。早く終われば給料は減ります、もしくは、時間を決めているんだから所定の時間は拘束します。雇われている側が非常に不利な要求を迫られます。反抗すればいいだろう、といわれるかもしれませんが、希少価値が低い側は立場が悪く、職を得るために低額で仕事を受けることとなります。

付加価値がある人たちは他に行けばいいとのことですが、付加価値が無い(私のような単純作業しかできない)人はこれによってどんどん給料が減ります。同じ仕事をしているのに、なぜ給料が減るのでしょうか。まずは、雇う側が『最低賃金で働かせろ』という、コストカットの対象になり、人を人と思わない考えが発生しているからではないでしょうか。併せて、雇われる側が雇われるために給料を減らされてもいいという妥協を迫られ、受けざるを得なくなるからではないでしょうか。

付加価値がないだけに、作業の効率化は難しいです。となれば、生活を効率化するしかありません。衣食住の費用を削り、休息時間を減らし、趣味をやめ、勉強もしない。それでもダメなら、休息日も安い仕事をする。生活に余裕がないにもかかわらず、ずっと生活のコストカットを求められ、付加価値のある仕事への転換も難しくなり、身動きができなくなる。

雇われる側の安い給料を拒否する勇気も必要だと思うのです。しかし、より力の強い職を出す雇う側が仕事への対価を真っ当に出して労働者の取捨選択を行う心がけも今の労働環境では重要なのではないでしょうか。

ちなみに、私は全世界で同じ仕事が同じ給料で支払われるべきだと思っています。よって、当面は先進国など裕福とされる国々で通貨を行うべきだと思っています。そして、ある一定の仕事に対する給与をその通貨に対して固定化し、それに対して高額な仕事か、低額な仕事かを世の中で決めてはどうかと思っています。為替で儲かる、損をするなんて言う、仕事もせずに利益が増える様な仕組みを撤廃し、同じ仕事には同じ金額が支払われるという対等な立場で経済活動を行えるようになってほしいと思っています。

何も知らないド素人の突拍子もないお話ですが、お許しいただければ幸いです。