資本主義の「血まみれの手」 - 『グローバル経済の誕生』

池田 信夫
ケネス・ポメランツ  スティーヴン・トピック
筑摩書房
★★★★★



資本主義を憎む人々は、昔は「社会主義」をとなえていたが、最近は「反グローバリズム」を唱えるようになった。こういう人々は、グローバリゼーションとはアメリカ政府と金融資本のたくらむ陰謀だと思っているのかもしれないが、本書はそういう通俗的な話を一笑に付し、資本主義は生まれたときからグローバルだったと指摘する。

かつて貿易の中心はアジアやアラビアだったが、新大陸を「発見」したヨーロッパ人は、大量の奴隷を送り込んで富を収奪した。新大陸の侵略は容易だったが、それは「インディアン」が少なかったからではない。南北アメリカ大陸には1億人近い原住民が住んでいたが、ヨーロッパ人の持ち込んだ伝染病に免疫のなかった彼らが、病気でほとんど絶滅してしまったからだ。

そしてヨーロッパ人は新大陸を支配し、アフリカら1200万人もの奴隷を連れてきた。建国当時のアメリカは、ピューリタンの国ではなかった。1800年の時点で、アメリカへの移民の75%はアフリカ人の奴隷だったのだ。奴隷貿易はもっとも利潤の大きい重要な産業であり、ロビンソン・クルーソーも奴隷商人だった。

しかしもっと利潤率の高いビジネスは、このように新大陸で生産した銀やそれによって買った高級品を船ごと奪う海賊だった。最初は私的に行なわれていた海賊行為を国家が支援するようになり、それが国家的に組織されて海軍となり、最強の海軍=国営海賊をもった大英帝国が資本主義の勝者となった。

植民地支配のためには海賊からの護衛と原住民を支配する武力が必要なので、「東インド会社」は株式会社というより、今の中国の国有企業のようなものだった。だから資本主義は「見えざる手」によってできたのではなく、国家の暴力による血まみれの手で生み出されたのだ、と著者はいう。

このような資本主義像はウォーラーステインに似ているが、本書はそれを左翼的に批判する本ではなく、有名な“Great Divergence”を書いた実証的な歴史学者が、グローバル資本主義の誕生の過程を一般向けに解説したものだ。著者も資本主義は道徳的なシステムではないというが、残念ながらそれ以外のシステムを人類はもっていない。この戦争の中で、徹底的に戦うしか生き残る道はないのだ。